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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#142]107 二人の実力/シアン

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

107 二人の実力/シアン

◆登場人物紹介(既出のみ)
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、前『英雄』アシュリーの『サポーター』。
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。姿を変える魔法を使う事が出来、人間の騎士の姿に扮する時には『リリス』と名乗っている。
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、2代前の『英雄』
・ニコラス|(ニール)…前英雄クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。
・ウォレス…シルディス国の第二王子で、金髪、碧玉(ブルーサファイア)の瞳を持つ美青年。自信家で女好き

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 石造りの冷えた薄暗い通路から外に出た途端、澄んだ日差しに目を細めた。
 いつもと違い、人気のない闘技場では渡る風も余計に爽やかに感じる。

 ここに来たのはこれが初めてじゃない。
 でもこんなに静かなのは初めてで、その所為せいかなんだか違う場所の様に思えた。

「私が同席させていただいてもよろしいのでしょうか?」
 俺の前を行くリリスが、さらに前を歩くケヴィン様に小声で尋ねる。

其方そなたは私の護衛騎士だ。ここに居る理由は充分にある。それに興味はあろう?」
「はい。まあ、大丈夫だと思っておりますが」

 というより、ウォレス殿下には討伐隊の『英雄』は務まらないだろう。そう思ったが、それを先王の前で言うのははばかられて、口には出さなかった。

 今日はここで、ウォレス殿下とニコラス殿下が試合をする事になっている。
 民衆を全く入れていないいた観客席に座っているのは、王族と騎士団の上層の者のみだ。

 おおよそ半年前、女神シルディスより魔王復活の兆しがあったとの神託が下った。それにより王国は魔王討伐隊結成の準備に入った。

 魔王討伐隊は7人で構成される。
 神の国から来た『勇者』。そして、王族、教会、冒険者から、それぞれ『英雄』と『サポーター』が。
 冒険者の代表は闘技大会で選ばれるが、王族と教会の代表はそれぞれの組織内で人選される。

 王族の『英雄』には、現国王の二人の息子のどちらかが選ばれるだろうと、世間ではそう噂されていた。
 王族の『英雄』は討伐隊のリーダーをも務める、重要な立場だ。
 人格的には、兄のルーファス殿下がリーダーにふさわしい。しかし彼は争い事を好まない性格で、剣を手にしようとすらしない。
 弟のウォレス殿下は、兄ほどできた人ではないそうだが、民衆……特に女性からの人気は非常に高い。そして兄と違い剣の扱いには長けており、よく第一騎士団と行動を共にしている。

 つーっても、俺から見たらウォレスも大した事ねえけどな。それに俺の可愛いミリアに手を出そうとした事はぜってーに忘れねえ。

 そして、そこに3人目として名乗りをあげたのが、前『英雄』クリストファーの息子のニコラス殿下だ。
 彼は母アレクサンドラと故郷で安穏あんのんと暮らしていたはずだが、どうやら信頼できる騎士に預けられて修行をしていたのだとか、実は見習い騎士として騎士団にいたのだとか、界隈かいわいにはそんな噂が流れている。

 その噂についても多分先王ケヴィン様が手を回しているんだろうなあ。ケヴィン様直下の第一騎士団上層の者たちには、ニールの事は周知の事実なんだそうだ。

 結局、ルーファス様は早々に『英雄』の候補から辞退し、残るはウォレスとニールの二人のみ。
 そして今日この場で、そのどちらかが選出される。

 自分は先王の付き添いで、顧問役という立場だ。そして俺の横にはちゃっかりリリアン――いや、リリスが居る。
 先の旅の間、リリアンが三日おきに王都に帰っていたのは、リリスとしてニールに特訓を課す為だ。
 その話を聞いて、アッシュのシゴキを思い出した。いや、本人にはシゴキのつもりはなかっただろうな。あん時は彼女の特訓に勝手に俺が付き合っただけだったし。
 でもそのお陰で、俺は討伐隊に入るだけの強さを手に入れる事ができたんだ。あの時の様に彼女がニールを鍛えたのなら、なんの心配もいらないだろう。

 それにしても、ニールにはまだリリスの正体がバレてはいないんだそうだ。
 そしてニールも、未だに俺らに自分の正体がバレていないと思ってるらしい。

 思い出すと可笑しくなって、つい笑いそうになった口元を手で隠した。

「どうした?」
 リリスが、アッシュの声でささやいた。
「いや、ちょっと思いだ――」
「シア」
 俺が答え終える前に、彼女が俺の名を呼び目配せをした。
 それだけで察し、彼女の見る方に視線を向けた。

 まさか俺がいるとは思わなかったんだろう。
 今まさに入場したニールが、先王の隣に座る俺を見て、驚いたように目を見張った。
「俺を見てビックリしているな」
 そしらぬふりをしながら、こっそりと隣のリリスに小声で言った。
「それで肩の力が抜ければいいのですが」
 そう言って彼女が軽く手を上げてみせると、ニールは慌てて会釈をし、視線を戻して歩みを進めた。

 * * *

 この場に居る全ての者たちが注目する先、闘技場の中央に二人の少年が立っている。風になびく二人の金の髪が、太陽を反射してキラキラと光をこぼした。

 ニールは彼らしくもない不安げな顔をしている。と言っても、彼をよく知る者にしかわからない程だろうが。対するウォレスは明らかに不満げな表情をしていた。

 ウォレスがニールを見る、あの苦々しい目つきをどこかで見た事がある。
 ああ、そうだ。16年前の闘技大会で、俺と対戦した貴族様の目つき。あれと同じだ。こんなヤツに負けるわけはないと、そう思っているのだろう。明らかにニールを見下している。

 やはり緊張をしているのか、ニールの肩が変な風に張っている。観客はほとんどいないとはいえ、こんな大舞台に上がった経験がないのだろう。

「大丈夫だ。お前はやれる」
 ニールに向けてリリスが澄んだ声を張り上げた。 ……あの時の、アッシュの様に。

 その声を受け、こちらを見たニールが薄くうなずいた。そして、すぅと彼からかせになっていた何かがぬけたのがわかった。

 落ち着いたか――
 もう大丈夫だ、あいつは勝てる。そう思った。

 試合の開始を告げる声が響いた。

 先に動いたのはウォレスだった。真っすぐにニールに向かい、手にした模擬剣で切りつける。対してニールは最低限の歩数でそれを流す様にかわした。
 余りにもあっさりと避けられた事で、ウォレスが一瞬だけ戸惑いの表情になった。
 が、すぐに踏み込み直し、そのままの勢いで薙ぎ払う様にニールに剣を振った。

 そのまましばらくの間、二人はただ剣を交わし合っていた。強く踏み込んで攻めていくウォレスに対して、受けてばかりのニールは観客からは力不足に見えるだろう。
 でも違う。あれはただ受けているんじゃなく、受けて、流している。

 ウォレスの剣は決して悪くはない。王族とは関係なく、普通に騎士になっていたとしても、あの腕があればそれなりに名をあげる事もできただろう。

 しかし型が綺麗にはまりすぎていて実戦向きではない。おそらく実戦の経験も薄いのだろう。同じ騎士相手の試合と、魔物相手の実戦では勝手が違う。
 そして、その所為せいで動きをニールに読まれている。アッシュの事だ、そこをニールに叩き込んだに違いない。

「くっ! ちょこまかと!!」
 れた様子で声を張り上げながら、ウォレスが大きく剣を振り上げる。動作が大きくなった分、わずかにすきが出来た。
 そのスキをつき、ニールがウォレスの剣を自らの剣でひっかけ、弾き飛ばした。

 試合を止める審判の声は上がらない。
 ウォレスは急いで模擬剣を拾い上げると、ニールに向かって構え直して声を張り上げた。

「山猿の癖に……!! 相変わらず生意気だな」
「うるせえ!」
 ニールも負けずに叫び返す。
「お前みたいな女の扱いも知らないヤツに『英雄』が務まるわけがねえんだよ!!」
 ウォレスはそう言うと、またニールに向けて剣を振った。

 二人のののしり合いを聞いて、首を傾げた。
「女の扱いとか……王族の『英雄』になるのにそんな条件があるのか?」
「いや、私は聞いた事がないな」
 ケヴィン様も知らないという事は、そんなものは無いのだろう。

「おそらくですが、聞いた話で誤解されているのではないでしょうか。クリストファー様のもう一つの任務は『勇者と恋仲になれ』だったそうですし」
 続いてリリスが言った言葉に、いつぞや3人で話した事を思い出した。

「えーっとつまりは、あいつは勇者を口説くつもりなのか?」
「おそらく。今までの歴代の勇者は殆どが女性でした。次の勇者も女性である可能性が高いかと」

 リリスはさらりとそう言ったが、可能性が高いだけで必ずではないんだろう? もし勇者が女性でなかったら、その任務は誰が受けていたんだ?
 15年前の討伐隊の一行であれば、王族の『サポーター』のアレクサンドラか? いや、彼女にそういう役は無理だろう。それならば、冒険者の『英雄』のアッシュの役目になっていたのか?
 そして、次の英雄がヤローだったら……?
 不快な想像をしてしまい、そっとリリスの顔を盗み見て、すぐに視線を闘技場に戻した。

 相変わらず、決着がつく様子のないギリギリのせめぎ合いで、二人は剣を交わしている。
 しかしよく見れば、ウォレスは肩で大きく息をしているし、対するニールは少しも息が乱れていない。でも今一つ、ニールが踏み込めていないようにも見える。

「ふむ……」
 今まで黙って隣で見ておられたケヴィン様が小さく声を上げた。

「リリス、シアン。お前たちから見てあの二人はどうだ?」
「まあ、見ての通りでしょう。ニコラス様の方が僅かに動きが良い。そして基礎能力は明らかに高い。ウォレス様の息が上がっているのは無駄な動きが多い所為もあるが、スタミナの差もあるのでしょう。元々、ニコラス様の特訓をリリスが手掛ける事が決まった時点で勝負は決まってた様に思います」

 俺に続いて、リリスは意外な事を口にした。
「私はウォレス殿下が『英雄』でも問題はないと思いますが」

「ほう?」
「私が討伐隊に入りますから。彼は死にはしません」
「……なるほど、其方に守られるだけの、お飾りの『英雄』か」
 ケヴィン様の言葉に、リリスが微笑みだけで応えた。
 今の彼では役に立つことを期待もできない。その程度だという事だ。

 ふぅーーと長く息を吐いてから、ケヴィン様が立ち上がる。
 それを見た審判が中断を指示し、二人は交わしていた剣を下ろした。

「ウォレス、ニコラス。手を抜かずに、もう一度やり直したまえ。大丈夫だ。回復師の準備はある」

 ケヴィン様の言葉を聞き、ニールが不安げにこちらを見た。俺ではなく、隣のリリスの表情をうかがっている。
 リリスの頷きを見て、ニールは改めてウォレスの方を向き直し、模擬剣を構え直した。

 再び、開始を告げる声が響く。

 勝負は一瞬でついた。

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※誤解されぬように、一応解説。
 ミリアとシアンは記録上(戸籍上)は義理の親子になります。(#94)
 可愛いミリア~と言っているのは、『保護者として』の事です。

(メモ)
 可愛いミリアに~(#93)
 3日おきに(#91)
 アッシュのシゴキ(Ep.4)
 いつぞや3人で話した(#83)


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