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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#163]124 魔族領入り/デニス

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

124 魔族領入り/デニス

◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・デニス…Sランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。栗色の髪の長身の青年
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、今回の討伐隊の顧問役。リリアンに執心している。栗毛短髪の青年
・ニール(ニコラス)…王族の一人で、前『英雄』クリストファーの息子。金髪翠眼の少年
・ウォレス…シルディス国の第二王子。討伐隊の一人だったが、任務を放棄した。
・マーニャ(マーガレット)…教会の魔法使いで、先代の神巫女。金髪に紫の瞳を持つ美女
・アラン…ニールの元教育係の騎士。灰髪に紺の瞳の青年
・ジャスパー(メルヴィン)…教会の魔法使い。黒髪長身のメルヴィンの姿に化けている。
・マコト…神の国(日本)から召喚された『勇者』。黒髪の中性的な青年

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 人間の国シルディスの北の果て。魔族領との境の近くにあるこの町は、国の中でも一番冬が深く、長い。
 王都ではすでに芽吹きの気配を感じていたと言うのに、この辺りにはまだうっすらと雪が残っていた。

 この町には、何年か前にも来た事がある。
 厳しい気候。いつ魔族侵攻の脅威にさらされるかわからない生活。その緊張感の所為せいか、町全体がすさんでいるような、そんな印象を受けたのを覚えている。

 しかし今回はなんだか町の雰囲気が違った。どうやら、町全体がやや浮ついているような、そんな風に思える。
「なんだろう? この町にしちゃ大人しいな」
 シアンさんがいぶかしげにつぶやいた。

「え? 他の町とはなんか違うの?」
「ここは魔族領に近いからな。周囲の魔獣も他に比べると強い。腕っぷしの奴らが集まるし、町の連中も気の荒い奴が多い。まあ、言ってしまえば、町全体的に治安があまり良くない」
「へえ」
 まあ、旅の経験がほとんどないニールにはぴんと来ないのだろう。きょろきょろとあたりを見回している。でも見た目でわかるような事じゃあなく、町全体の雰囲気だとか、町人の態度だとか、そんな感じのものだ。

「何かあったのか?」
 立ち寄った冒険者ギルドの受付嬢に尋ねると、彼女はやや顔を赤らめて教えてくれた。
「先日、王都の騎士団が訪れたのです」
 そして、思い出したように頬に手をあてて微笑んだ。

 この町を通って行ったのは昨日の事で、隊を率いていたのはこの国の第二王子、ウォレスだったそうだ。
 しかもあの女たらしは、この冒険者ギルドに立ち寄った際にはご丁寧ていねいに受付嬢全員にをして回ったらしい。
 眉目みめの良いあの王子のファンは多い。彼の事を思い出す受付嬢の瞳が潤んでいるのは気の所為ではないだろう。
 その話を聞いて、アランがこっそりため息をいた。

 まさか本当に騎士団を動かすとは。
「全く…… 困った子ね」
 マーニャまでがあきれた声で呟く。
「魔王城に着く前に、あいつらに追いつかないと」
 シアンさんが珍しく真剣そうな顔で言った。

 * * *

 陽光の弱い北の地から魔族領に入ると、さらに闇が深まったように思えた。
 往く道は街道ではない。獣道とも違う。荒野を渡るこの道は騎士たちの靴の跡だ。それを辿るがなかなか彼らの姿に追いつけない。
「人数が少ない分、私たちの方が足は早いと思うのですが……」
 真面目なアランは少し気持ちが焦っているようだ。別の隊とはいえ、同じ騎士団の仲間で顔見知りもいるのだろう。余計に心配になるのも当然だ。

 シアンさんは魔族領ではマジックバッグが使えなくなると言っていたが、どうやらそんな様子はない。少なくとも今は背負ったバッグの重さは変わっていないように感じている。
「マジックバッグはまだ使えるようだが、この先はわからない。荷物が軽い今のうちにウォレスたちに追いつこう」
 シアンさんの言葉に皆は歩調を速めた。

 魔族領の夜は星の光も届かず、人の地よりもさらに深い闇で包まれる。
 しかし、人は住めぬと言われるこの地でも、日が昇れば朝が来る。ぼんやりと弱々しい朝の日に照らされ、目が覚めた。

 今までメルヴィンの姿に化けていたはずのジャスパーは、元のパッとしない深い茶髪の青年の姿に戻っていた。
「目が覚めたらこの姿で…… 『変化の魔法』が使えないんです」
 メルヴィンの姿でいた時の自信にまみれたような雰囲気も、姿が戻ると薄れてしまったようだ。

 まとめた荷物を背負うと、思った通りずしりと重い。
 他の皆を見回すと、ニールとアランも俺と同じように困惑しているようだ。ジャスパーは元の姿に戻ってしまっただけで、もう気分が浮かないらしい。不服そうな表情でバッグを持ち、さらに眉をしかめた。

「僕の世界ではマジックバッグなんて便利な物は無いからね。これが普通だよ」
 マコトは特に変わった様子もなく、むしろ皆の反応が興味深いようだ。

 シアンさんとマーニャ、あとリリアンも特に表情を変えるような事はない。3人は討伐隊に居た経験があり、魔族領に来たことがあるはずだ。元からわかっていた事だろう。

「これ以降は荷物が負担になる。無理ない速度で進もう。できるだけ糧食も大事にしていかないとな」
 シアンさんの指示通り、昨日よりは無理のない速度で道を進む。だが、ずジャスパーの息が上がり始めた。
 魔法使いは、俺たちと違って体を動かすのは苦手だ。仕方ないだろう。
 さほど進まぬうちに、少し早めの休憩をとる事になった。

「ジャスパー、少し荷物を持とうか?」
 そうジャスパーに声をかけると、皆に菓子を配っていたリリアンがこちらを向いた。

「それでしたら、私が少し持ちましょうか?」
「いや、リリアンは自分の荷物で手いっぱいだろう?」
 彼女は元々、かなりいいマジックバッグを持っていた。効果が切れている今は、普段との差で感じる負担もかなり大きいだろう。
 だがリリアンは、少し首を傾げてみせた。
「いえ。私のは大丈夫です」

 うん? 何が大丈夫なんだ??

「リリアンの荷物は少ないのか?」
 なんとなく会話が聞こえたのだろう。試す様にニールがリリアンの背負っているバッグを軽く持ち上げた。
「え!? すげえ軽いぞ!!」
 その声に、皆がリリアンの方を見た。

「リリアン、お前のマジックバッグは使えているのか?」
「そうみたいです。何故だか、理由はわかりませんが……」

「マジックバッグに使われているのは、私たち教会の魔法使いだけの魔法なのよ。私たちのバッグが使えるのなら、まだわかるのだけど」
 腕を組みながら、マーニャが言った。

 世の中に出回っているマジックバッグには2種類ある。
 一つはダンジョンなどで見つかる物。性能はピンからキリまであって、良い物ほど当然高い値が付く。
 もう一つは教会で作られる物。教会の魔法使いが作って売っている物もあれば、多額の寄付と一緒に鞄を持ち込む事で効果を付与してもらえる。でもこれらはダンジョンで見つかるもの程性能は良くはない。

「そう言えばリリアン、転移の時に『座標の魔法』を使っていたわよね。あれも本来なら教会だけの魔法なのだけど。貴女、もしかして私たちと同じ魔法を使えるの?」
「……はい、少しですが」

 リリアンが言い難そうに出した答えに、マーニャは少し首を傾げた。
「この魔法は誰にでも使えるものではないわ。貴女、教会の『赤いお酒』は飲んでないわよね?」
 『赤いお酒』?
 俺には何の事だかはわからないが、リリアンはそれが何かを知っているようで、訊き返すでもなく黙ってうなずいた。
「私は元から使えるんです。教会の皆さんのように外部から取り入れたりせずとも……」
「どうして?」
「……おそらくですが、『獣人の神』の加護を受けているからではないかと……」
「今まで何百年と生きているけれど、そんな話は聞いたことがないわ。ジャスパー」

 マーニャに名を呼ばれると、座り込んで休んでいたジャスパーがマーニャの横に来た。
「彼女の魔力を確認してみて」
「はい」

 おもむろにリリアンの手を取ると、ぐいと引きよせる。
 止める間もなかった。
 あっという間にジャスパーの腕の中に捉えられ、彼女の小さな唇はジャスパーの唇で塞がれた。

「「「!!!!」」」
 咄嗟とっさに声を上げたのは俺だけじゃあない。

「んっ……」
 リリアンは一瞬驚いて目を見開いたが、ジャスパーを振り払おうとはしなかった。

「ジャスパー!! 何をしやがるんだ!?」
 シアンさんの声に、ジャスパーは視線だけをちらりと俺たちに向けた。だが、唇は離そうとはしない。
 口が塞がっているジャスパーに代わって、マーニャが口を開いた。
「うるさいわね、いちいち騒がないで。リリアンの魔力を調べているだけよ」

 マーニャの言葉の後で、ようやく二人の唇は離れた。
 まだリリアンの肩を抱いたままのジャスパーの体に、ぼんやりと光がまとわりつく。すると、その姿は昨日まで見ていたメルヴィンの物に変わった。

「ジャスパー、その姿はどうしたの?」
「どうやら、『変化の魔法』がまた使えるようになりました」 
 そう言った矢先に、またジャスパーの体から今度は光がはらはらと落ちて行き、本来のジャスパーの姿に戻った。
「短い間だけ、ですが……」

「え……リリアンとキスをしたから……なのか?」
「口移しで魔力を分け与える事ができる、というのは眉唾まゆつばで真実ではないわ。それなのに、なぜかこうして彼女の魔力がジャスパーに分けられている…… なんでかしら?」

「もう一度」
 ジャスパーの言葉を聞いて、リリアンが体を少し強張こわばらせた。が、それを気にする様子もなく、再びジャスパーは彼女に唇を重ねる。

「もっとだ…… もっと口を開けて……」
 一度口を離したジャスパーがそう言うと、リリアンは目をつむって唇を少し開いた。その唇を貪るように、ジャスパーは唇を深く絡めた。

「やめろ! そんな無理に……!!」
 黙ってられずに声をあげると、マーニャが腕を組んだまま俺に視線を寄越した。
「無理に? 別に彼女は嫌がってはいないでしょう? 嫌なら振り払う事だってできるはずよ」
「そ…… それはそうだけど…… でも……」
 確かにそうだ。反論もできない。
 嫌なのは俺なんだ。好きな女が他の男にキスをされていて、黙って見ていられるわけがない。

「ああ、そうね…… たかが唇の一つで大騒ぎするから、何事かと思ったけれど。そういえば人間たちにとっては、こういう事は特別な事だったわね」
 マーニャがそう言って、ジャスパーに目で合図を送ると、彼はようやくリリアンを解放した。

 そのリリアンの手を取ったのは、俺でもシアンさんでもない。マコトだった。
 マコトは彼女をジャスパーから引き剥がすように引き寄せると、マーニャに強い視線を向けた。

「確かに嫌がってはいないが、抵抗をしていないだけだろう。受け入れていたようにも見えなかった。こんな方法でしか調べられないのか?」
 マコトがいつもより低い声で尋ねる。
「通常ならこんなに近づかなくてもわかるのだけど、今の私たちが『鑑定の魔法』を使う為には、できるだけ接触しないといけないのよ。まあ、ああしていたのは彼の趣味だけれど」

 そう言ってマーニャが視線を向けた先で、ジャスパーはまたメルヴィンの姿に変わっている。先ほどとは違い、今度はすぐに戻る様子はない。

マコトの隣で、元気なくうつむいて立ち尽くしているリリアンに向かって、マーニャが問いかけた。
「どういう事なのかしら? 貴女はただの獣人ではないのでしょう?」
「……神の加護が――」
「神の加護を受けた『獣人の巫女』でも、私たちと同じ魔法は使えないのよ。それだけじゃないでしょう?」

 ……そうなのか?
 あっという間にこことは違う場所に移動する『転移の魔法』。
 大人の女性の姿になれる『変姿の魔法』。
 黒狼の姿になるのは獣人の能力だそうだが、体を大きくするのや幼獣の姿になるのは、特別な魔法らしい。

 確かにリリアンの使う魔法には、俺たちが知らぬ不思議な物も多い。それをリリアンからは、『神の加護』があるからだと聞いていた。

 でもマーニャの言う通りだとするなら、他に何か理由が……

「今、それを追求しても仕方ないだろう? 僕たちの目的は、魔王の元に辿り着く事だ。彼女のマジックバッグが使えているのなら、むしろ好都合じゃないか。それに彼女のバッグもいつまで効果が続くかわからないのなら、少しでも楽ができるうちに前へ進むべきなんじゃないのか?」
 訳がわからず混乱している俺たちに向かって、叱咤しったするような強い口調でマコトが言った。

「シアン。彼女のバッグに魔法使いたちの荷物を入れさせてもらって。出発しよう」
「あ、ああ。そうだな」
 マコトに声をかけられて、ようやく気持ちを取り戻したシアンさんが、皆に出発の指示を出した。

 歩き出す頃には、ジャスパーはまた元の姿に戻った。
 リリアンはまだ少し戸惑っている様子だ。マコトが隣についてなにやら小声で話しかけながら歩いている。

 本当は俺が隣に居られたらいいのに。でも、今はマコトに任せた方がいい。そんな気がした。

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(メモ)
 北の国境の町(Ep.14、#68)
 王子の人気(#4、#92)
 マジックバッグ(#4)
 口移し(#50、#66)
 神秘魔法(#29)


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