【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#049]Ep.6 仲間/
ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~
Ep.6 仲間/
正直、王都に帰る時にはいつも気が重かった。
本来ならこの任には兄が就くはずだったのだ。それを私が横取りをしてしまったような形になっていた。
私は別に人気や名声などが欲しい訳ではない。在りし日の父のように、民の為に戦いたいのだ。この任は王家の者としても大事なものだと思っている。そして、危険を伴うものでもある。僅かに体の弱い兄に無理をさせる事はできないと思った。
それに、母は兄の方を溺愛している。以前より兄を危険な任務に就かせる事には反対していた。
母は私がこの役を務める事に大賛成し、父には反対された。兄にも……私が民の人気取りの為にこの任に着きたがったのだと思われたようだ。
王城へ報告に帰っても、父は私が喜ぶような言葉は一言もかけてはくれなかった。
さらに、兄の私をじっと睨め付ける目も、母上がまるで私を居ない者の様に扱う態度も、私にとっては針の筵でしかなかった。
それをつい、朝の鍛錬の時に彼女にぼやいてしまった。
彼女は「そうか……」とただ応えただけで、それ以上何を言う事もせず黙々と鍛錬を続けていた。下手な同情はせず、でも否定もせず、ただ聞いてくれたのも彼女なりの優しさなのだろう。そう思えた。
そして自分の心の澱を僅かに恥じた。
そんな事を、彼女が覚えているとは思わなかった。
* * *
王都に戻ったのは、確かそれから十日程後の事だった。
王都に着くとそれぞれに分かれて各機関への報告と所用を済ませ、休暇を兼ねて二日後に出立するのが恒例になっている。
じゃあと別れる時に、彼女がそっと私に紙を手渡した。アレクとルイの目を盗みこっそりと開くと、簡単な地図に店の名前、時間、二人で一緒にとのメッセージが添えられていた。
重い気持ちで父王への報告は済ませた。愛想笑いの仮面を顔に貼りつかせて、皆ととった昼食は何の味もしなかった。さすがにルイの前では兄が私を睨むこともなく、むしろ進んでルイの機嫌を取ろうと媚びを売っており、私を見向きもしない事が逆に有り難かった。
ルイを伴い、彼女から貰ったメモを頼りに店を探す。時間からして夕食の誘いなのだろう。メイドには夕飯は不要と伝言を頼んでおいた。また父の機嫌を損ねるかもしれないが、正直もうどうでもいいと思った。どんなに叱られようが疎まれようが、自分にはこの任と仲間の方が大事だと。
『樫の木亭』の看板を掲げた店には、まだ『準備中』の札がかかっていた。指定された時間に来たつもりだったが…… 早すぎたか?と思っていると、内から扉が開いた。
「おっと、王子さんたちでしたか。狭苦しい店で申し訳ないですが、中へどうぞ」
出てきた男性は、おそらく店主だろうか。
「まだ皆戻ってませんので、申し訳ない…… バタバタしていますが、茶でも飲んで待っていてください」
まだ客の居ない店内の、店主が指した一番奥の席を見ると、アレクが所在無さげに座っていた。
「お前も来ていたのか」
「昨日、シアに誘われました。屋敷に居ると、両親や兄が煩いものですから……」
……アレクも自分と似たような悩みを持っていたのか……
自分には話してくれなくても、シアにはそんな事も打ち明けられている。一番近くにいるはずなのに、心の支えにもなれていない自分に不甲斐なさを感じた。
店には『準備中』の札が掛かっているはずなのに、常連客と思われる者たちが次々と出入りしている。彼らは手に手に酒や包みを持っており、中には厨房に入る者もいて何かを手伝っている様だ。
そんな様子を見ていると、扉が開いて皆が声を上げた。シアが大きい猪を担ぎ、その後からメルとアッシュが入ってきた。
彼らも来ていたのか……
「すまない、ついでに依頼を受けていたので遅くなってしまった」
アッシュがちらと後ろを見ると、さらに3人の冒険者らしき少年たちが。装備の雰囲気からすると、まだ駆け出しの者たちだろう。不安げにおずおずと扉をくぐってきた。
「遠慮すんなよ、俺が奢るから入って来いよ!」
シアが偉そうにそう言うと、彼らの表情が少し緩んだ。
「おお、なかなか立派なワイルドボアだな」
常連客らしき一人の男性が、そう言いながらもう袖を捲って厨房に向かっている。
マーカスさん頼んますと言いながら、シアも猪を担いだまま厨房に入って行った。
「あれを捌かないといけないんだ。お前たち手伝ってくれないか?」
アッシュが駆け出したちにそう言うと、彼らは気合いを入れるように、はい!と返事をしてアッシュに付いて行った。
残されたメルは店内を見回すと、こちらに気付いて手を挙げた。
「来ていたのか」
と、さっき私が思ったのと同じような事を言い、同じテーブルに着いた。
「まだ冒険者になったばかりの彼らは肉の捌き方も知らないからな。手伝うと言っても、殆ど見てるだけしか出来ない。でもそうやって、少しずつ覚えてくのだと。まあ流石に猪を冒険者自らが捌くような事はしないそうだが…… 今日は張り切り過ぎたな」
メルが、聞いてもいないのに先程の出来事を説明した。
「自分で捌けなくても、この機会にああして肉屋と繋ぎが出来れば、そこに持ち込む事も出来る。そういった見込みもあるらしい」
「メルは、この店を知っていたのか?」
アレクはメルの言葉を横に置き、自分の質問を投げ掛けた。
「……ああ、ひと月半ほど前の帰還の時からな」
からと言うことは、それきりではなく何度も来ているのだろう。
「アッシュに誘われたのだが、シアには邪魔扱いされている」
メルはそう言いながら、薄く笑みをみせた。
「そうか。こうして皆殆ど来ているのなら、サムも誘えれば良かったな」
「ああ、サムなら……」
そうメルが言いかけたタイミングで、また店のドアベルの音が響き、覚えのある声が聞こえた。
「はーー、やっと終わった。ホントー面倒だったわー」
サムの声だ。フリルのついた可愛いらしいドレスに金髪巻き髪の少女姿は、何もなくとも目に留まる。
おー、嬢ちゃん来たな!などと常連客に声を掛けられている様子を見ると、サムも今日が初めてではないのだろう。
彼女はこちらを見つけると、腕を組んでにやりと笑った。
「アッシュの頼みだから仕方ないけどね。メルはずるいわ」
「ちゃんと肉を調達してきたから、それで許してくれ」
サムは私たちにひらひらと手を振って挨拶をした。メルにはわざと文句を言ってみせて、反応を楽しんでいる様子だ。
「肉よりも、ケーキが食べたいー。そうだ!明日にでもカフェに行かない?」
と、ルイの方を向き声を掛けた。
サムとルイは趣味嗜好が合う様で、大分年の差があるはずなのにとても仲が良い。
「中央にケーキの美味しいカフェがあるの!」
「ええ、カフェ!? 行きたい!」
サムの話を受けて、ルイも目をキラキラと輝かせ、私の承諾を求めるようにこちらを見た。
そういえば、休暇を兼ねるとしておきながらも、帰還の時にはずっと王城に籠りきりで茶会や付き合いに時間を費やすようだった。
あれでは、休暇とは言えないな。
「そうだな、皆で行こうか」
そう言うと、サムとルイだけでなく、アレクも顔をほころばせた。
そんな話をしているうちに、酒と料理が運ばれ、次々とテーブルに並べられていた。店内はいつの間にか集まった人たちで、程よい賑わいを見せている。
常連客に呼ばれ、中央の大きなテーブルに席を移動した。
アッシュが駆け出したちと一緒に、大量の串焼肉が乗った大皿を持ってくると、店内はいっそう沸き立った。
これは、ここ西エリアの冒険者たちや住人たちによる、私たちの労いの為の食事会なのだそうだ。
盛大な乾杯の後に飲んだ酒は、乾きかけていた心に染み入るようだった。
テーブルには店の料理だけでなく皆が持ち寄った自慢の料理も並び、どれも王城で食べる食事より格段に美味かった。
皆と杯を交わし、他愛のない話で盛り上がり、肩を組んで笑う。
私とアレクは、家族の前ではとても出来ないような大口で串焼肉に齧りついた。溢れた肉汁で口の周りを汚し、顔を合わせて笑い合った。
シアとメルはどちらがアッシュの隣に座るかで腕相撲の勝負をし始めた。両隣に二人で座れば良いのに、そういう訳にはいかないらしい。
野次馬に沸かされて勝負に熱中しているうちに、アッシュは常連客のテーブルに連れて行かれてしまった。二人はまだその事に気付いていないようだ。
ルイは『勇者様』に感激した駆け出したちを始めとする冒険者たちに囲まれて大人気だ。皆、ルイのする神の国の話に興味津々の様子だ。
サムも常連客に囲まれ、あれやこれやと色んな料理を勧められている。甘い物の方が良いと言っていたはずが、すっかり今日の食事に夢中になっている。
美味しい料理や酒も、楽しい会話もなかなか尽きず、夜は更けていった。
「この後はどうする?」
ひたすらに満たされた腹と心を抱え、でもこの後の帰城に進まない気持ちに重い足を動かすのを躊躇っていると、アッシュから声がかかった。
「……え? どうするとは?」
「私、またアッシュの家に泊まるわ。そのつもりで今日はちゃんと部屋着を持ってきたのよー」
サムが嬉しそうに、着替えが入っているであろうバッグを掲げて見せた。
「先月、家を買ってな。王都に戻った時にはそこで過ごしている」
シアとメルはもうすでにあちら側に居る顔をして、こちらを窺っている。もう彼らが行くのは決まっている事なのだろう。
「お前たちも来ないか?」
彼女の目がほんの少し柔らかく微笑み、私の気持ちに手を差し伸べた。
その一言で、あれほど重かった足が軽くなった。
* * *
もうすぐ我々は最後の神器を手に入れ、魔族領へ向かう。
そうすると、魔王を倒すまでは王都に戻る事は出来ないだろう。
この日の皆との美味い食事も、アッシュの家で過ごした楽しい時間も、一生忘れられない思い出となった。
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