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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#115]90 過信/デニス

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

90 過信/デニス

◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。

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「きゃあ!!」
 不意に飛び出して来た魔獣が、リリアンに飛び掛かろうとした。
 咄嗟とっさに身をすくめる彼女の肩を抱き寄せ、その身をかばいながら魔獣に向かって槍を突き出した。
「ギャン!!!」
 一撃でその魔獣は軽々と地に沈んだ。

「リリアン、大丈夫か?」
「ありがとうございます、デニスさん。やっぱり頼りになりますね」
 ほっとした表情の彼女が、俺の胸に頬を寄せる。
「デニスさんが一緒に来てくれて、良かったです」

 そう言って、すっかり俺の腕の中に体を預けた彼女に、ずっと言いたかった言葉を伝える。
「俺がお前を守ってやる。だから、俺をマスターにしないか?」
 それを聞いたリリアンは、驚く様に少し目を見開いた後で、今度は嬉しそうに微笑んで、そっと目を閉じた。
 そのまま彼女の頬に手を当て、そっと唇を――――

 ――――――

 俺だって男だし、そんな風に好きな女に頼られる、なんて妄想をした事が無いわけじゃあない。
 でも、今の俺にはそんな頼り甲斐も余裕も全く無かった。

 先頭を行くのはシアンさん。過去にこのダンジョンに潜った経験があるそうで、道案内をも兼ねている。
 当然の様に、俺らの前に飛び出して来た魔獣は、まずシアンさんの一撃で動きを止められ、二番手のリリアンが止めを刺す。
 そして後方は俺が守る。

 3人だけのパーティーで、リリアンが一番低いCランクだ。だから、リリアンの前後を二人で守っている……のだが。
 実際には俺の警戒よりも、獣人のリリアンの耳と鼻の方がすこぶる性能がいいらしい。

 俺が敵の気配に気付く前に、彼女の尾が軽く揺れ、その耳がピンと立ってわずかに後方を向く。
 後方を警戒しながら歩いているつもりなのに、結果的に彼女のそんな様子に助けられている。

 彼女が敵の存在に気付いても、敢えて振り向かずに俺に任せてくれている事に気付いたのは、そんなのが3度続いてからだった。

 信頼もしてくれている。でも多分……気も使われているのだろう。
 リリアンは俺のトラウマの事を知っている。この旅に俺を誘ったのも、ダンジョンに慣らす為なんだ。

 こんなんじゃ彼女を守る、なんて出来るわけがない。

 * * *

「どうやら、この下が最下層らしいな」
 『龍の眼』を揺らしながら、シアンさんはニヤリと笑った。

 下に向かう階段の奥から感じる何かの気配…… これがこのダンジョンを造った魔族の魔力なんだそうだ。
 ぞわぞわと、背中を不快な何かが上がってきた。

 あの苦い経験を忘れられるものか……
 俺が…… 俺が皆を止めないといけなかったんだ。俺の所為せいで皆が危険に……

 そんな今ではどうにもならない過去の想いが、ぐるぐると頭の中を駆け巡り、ただただ不安をかき立てる。あの時のダンジョンと、壁の文様も、床の色も全く違うのに。まるでここがあのダンジョンかの様に思わせられる。
 ああ、この先だ。最下層の、あの祭壇の間で…… 俺たちは……

「今も不安……ですか? デニスさん」
 リリアンの声で、我に返った。

「あ……いや、大丈夫――」
「大丈夫でないのに、無理にそういう事を言うな」
 俺の言葉に被せるように、シアンさんが厳しい口調で言った。

「お前から過去の話は聞いているし、リリアンにも魔力の事は聞いている。お前がこの魔力の気配に不安に思うのは当然だろう。だが、ここが危険な場所であれば尚の事。お前が不調を押し殺して何かがあれば、それはパーティー全体の不利になるんだ。本当に危険なのは、この魔力の匂いか? それとも不調なくせに大丈夫と言おうとするヤツの過信か?」

 過信……
 そうだ、あの時も俺が過信した所為せいで……

「もう一度聞くぞ、今も不安はあるのか?」
「……はい、あります」
「進む前に少し休もう」
 シアンさんが、ぽんと俺の肩を叩いた。

 既にリリアンが俺らの座る場所を選んで結界を張ってくれていた。
 腰を落ち着けて息を大きく吐くと、ピンと張っていた気持ちが肩の力と一緒に抜けていく。
 リリアンが手渡してくれたカップを持つと、まだ僅かに手が震えていた。

「シアンさん、すいません……」
「……お前が不安になる気持ちもわかるよ。俺も、大事な仲間を亡くした事があるんだ」

 知って……いる……
 シアンさんが、わざわざ自分のつらい思い出を引き合いに出してくれる。そんな事をすれば、自分もつらくなるだろうに。

「あの時、俺が本当にひでえ状態だったのを、お前は知ってるだろう? それに比べたら、お前は凄いよ。良くやってる。って、俺なんかと比べても仕方ねえけどさ」
 そう言って、シアンさんは俺に笑ってみせる。

「お腹空いていませんか? どうぞ」
 リリアンがいつの間に用意していたのか、燻製くんせい肉とチーズと野菜を挟んだサンドイッチを俺たちに手渡してくれた。

 二人は俺の心が落ち着くまで、待っていてくれた。

 * * *

 最下層の最奥の部屋にいたのは、猿の顔と虎の手足を持つ魔獣だった。

「ヌエだな」
 シアンさんの言葉に、リリアンが無言でうなずいた。

 ヌエの咆哮ほうこうで集まってきた他の魔獣たちは、後方で俺たちを援護しながら戦うシアンさんが、片っ端から倒してくれる。ヌエの相手は、俺とリリアンに任された。

 ヌエは雷の様な魔法をいくつも飛ばして来た。まだランクの低いリリアンの心配をしたが、彼女はむしろ俺よりも軽快に、跳ぶように雷を避けている。
 しかし、この雷が厄介でなかなかヌエに近づく事が出来ない。
 れる俺に、リリアンから声が掛かった。
「デニスさん、私が前に出ますので、ヌエの気を引いてください!」

 一瞬、迷った。
 確かに超近接武器の鉤爪クローを持つリリアンの方が前に出るのが道理だ。俺には魔法も槍もある。
 しかし、この距離があるからあの雷を避けられるのであって、至近距離であれを避けるのは困難だ。しかもまともに食らうのはヤバすぎる。
 彼女を危険にさらすくらいなら、俺が……

「行け、リリアン。俺らに任せろ!」
 俺の決断より一瞬早く、後方からシアンさんの声が飛んできた。

 その声にリリアンが一度深く踏み込み、左に大きく距離を取った。当然の様に、大きく動いたリリアンに向かって、ヌエがその体の向きを変えようとする。
「リリアン!! 待て、俺が――」

「ギャッ!!」
 俺の後ろから飛んで来た風魔法が、ヌエの横っ面を切り裂いた。思い直した様にヌエはこちらに向き直し、威嚇いかくの唸り声を上げる。

「デニス、手を緩めるんじゃねえ! リリアンを心配するなら尚の事だろう? お前がヌエの気を引けなければ、その分彼女が危険にさらされるんだ!」

 わかっている、わかっているが…… でも……

「俺はアッシュを守れなかった!」
 そう言いながら、間髪入れずヌエを目がけて魔法を打ち込むシアンさんに向かって、雷が幾つも飛んで来る。

「でも俺が出来なかったのは、あいつの盾になる事じゃあない。あいつを後ろから守る事だ。それが俺の役目だったんだ」
 器用に雷を避けながら、また部屋に飛び込んで来た雑魚を叩き落として、シアンさんは強く言った。

「俺だってリリアンの心配はしている。でもリリアンは俺たちを信じて前に行こうとしている。彼女の実力なら、俺らが居れば大丈夫だ。だからお前も彼女を信じろ。そして自分の役目を果たせ!」

 ハッとしてリリアンの方を見ると、こちらを見た彼女と目が合った。
 彼女は俺に軽く視線でうなずいてみせると、そのまま真っすぐヌエに向かって駆けて行く。
 動き出したリリアンにヌエが気付き、雷を放った。

 咄嗟とっさにヌエを目がけて火魔法を放つ。
 火魔法がヌエの顔面に当たるのと、リリアンが雷を避けて大きく上に跳ぶのと、ほぼ同時だった。

 瞬間、ヌエはリリアンの姿を見失った。それに気付かせぬよう、さらに魔法を次々と叩きこむ。
 ヌエを大きく跳び越えて反対側に着地したリリアンは、地に足をつけた反動でそのままヌエの顔面目がけて鉤爪クローで斬りつけた。
 目元を刻まれたヌエが、醜い鳴き声を上げて体勢を崩す。その隙を狙って、リリアンはさらにヌエの首元に一撃を加えた。
 ヌエは痛みに唸りながらも、鋭い爪の付いた虎の前脚を大きく振り上げる。その前足が降り降ろされるのと、リリアンが跳び退すさるのは、ほぼ同時だった。

 再びリリアンがヌエとの距離を詰めようとする僅かな間を使い、ヌエは雷を叩きこもうとしている。
 すっかりリリアンに気を取られているヌエに駆け寄り、そのままの勢いを込めて深く槍を突き刺した。

 * * *

 ヌエの遺骸はリリアンがさっさと自分のマジックバッグに収めた。

 部屋に残されたのは、少し大きめの宝箱が一つ。
「ダンジョンに潜るやつの目的は八割方コレだ。中身は大抵良い値で売れるしな」
 シアンさんが慣れた様子で、罠感知の魔法を唱えた。

「でも何故この宝箱は閉じているんでしょう? このダンジョンは新しいものではないはずです」
「ああ、15年前には俺らが来ているし、その時もすでにダンジョンの扉は開いていた。という事は、新しいダンジョンではなかったはずだ。なのに宝箱は閉じていたし、また今回も閉じている」

「誰が閉じているんでしょう?」
 二人の会話で答えを導き出す事は出来なかった。

 宝箱には罠はかかっていなかったらしい。シアンさんが両手で宝箱の蓋を重そうに開けた。

 中に収められていたのは、武器や魔道具、そして山から掘られたままの様な宝石の原石たち。
「細工はしっかりしています。おそらくドワーフの作品でしょうか」

「今までこれを疑問に思わなかった事が、ヤバいな……」
 シアンさんは、苦い顔をしてふぅーーと大きなため息をついた。

 * * *

 どうですかと、リリアンが訊き、大丈夫だと、俺は答えた。
 じゃあ帰ろうぜと、シアンさんが言った。

 俺が恐れるべきなのは、ダンジョンでも、あの魔力の匂いでもなかった。
 己を過信してしまう事だ。状況を見極められない事だ。仲間と協力出来ない事だ。仲間を信じられない事だ。
 そんな事は、本当はわかっていたはずなのに。
 今の俺には頼れる仲間がいる。不安な気持ちは、完全にではないがだいぶ薄らいでいた。

 そして、リリアンを守ってやりたいと思うのも俺のおごりだった。
 彼女は守ってほしいだなんて思っていないし、望んでもいない。マスターは彼女と一緒に戦う相方なんだ。

 それから3人でいくつものダンジョンを回るうちに、俺の心の不安は、あのトラウマは、影も形もなくなっていた。

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(メモ)
 魔力の匂い(#34)
 デニスの過去、トラウマ(#33、Ep.14)


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