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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#145]110 討伐隊選出

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

110 討伐隊選出

◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。神から貰った力で、鑑定をする事が出来る。
・デニス…Sランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・シアン…デニスの兄貴分のSランク冒険者。前・魔王討伐隊の一人で、今回の討伐隊の顧問役
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、2代前の『英雄』

・ウォレス…シルディス国の第二王子で、金髪、碧玉(ブルーサファイア)の瞳を持つ美青年。自信家で女好き
・ニコラス(ニール)…前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしていた。

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 16年前の闘技大会の日、アシュリーの目の前にはシアが立っていた。

 互いに全力で戦うと約束をした。それまで手合わせをした事はあったが、本気で剣を交えたのは初めてだった。試合は長く続き、最後は私が彼を抑えた。
 二人とも無傷では済まなかった。そのままで3位決定戦に臨んだシアは敗北した。

 今日、私の目の前にいるのはデニスさんだ。彼の深い緑の瞳をじっと見つめた。

「今この場で立っているのは、もう私とデニスさんだけです。二人のどちらかが『英雄』、どちらかが『サポーター』になる。この時点で討伐隊に入りたいと言う私の目的は達せられています」
「あ、ああ……?」
 こっそりと、風魔法でデニスさんの耳元にだけに送った小声のメッセージに、彼が戸惑う様子で返事をする。

「このまま、私はこのステージを降りても構いません。でもそれではデニスさんは納得しませんよね?」
 伝えた言葉に、デニスさんは小さくうなずいてみせる。

「今の私には神から授かった力があり過ぎます。正直に言いますと、本気でやれば貴方あなたに勝ち目はありません。そこで提案ですが……」

やってみたくないですか?」
「……え?」
 彼は驚いた様子で目を見張った。

「あの頃……16年前の闘技大会で『英雄』に選ばれた頃のステータスまで、私の力を抑えます。知識、経験は今の方が積み上げてはいますが、能力的には当時とほぼ同じになるはずです。流石に観衆の前で体格を変えるわけには行きませんが…… その私に勝てれば、貴方は充分に『英雄』の資格を持っているという事です。勝てなければ『サポーター』程度という事でしょう。如何いかがですか? これでしたらフェアな状況になると思いますが」

 私の提案を聞いたデニスさんの目つきが変わり、剣を握り直した。言葉に出さずとも、それが承諾しょうだくの代わりだった。

 かたわらに落ちていた誰かの模擬剣を拾い上げる。
「アシュリーの装備は剣ですから、これでやりましょう」
 スキルを調整し、自分をアシュリーに切り替えた。

「デニス」
 愛しい彼の名を呼ぶ。16年前、死んだ仔犬をとむらって泣いていた少年と出会った。あの頃の私にとって、彼と過ごす時間がもう一つの心の安息だった。

 その彼は大人になり、今こうして私の目の前に立っている。
「アシュリーさん」
 私にだけ聞こえる声で、彼が私の名を呼び、剣を構えた。

「私も本気でいこう、手加減は無用だ」
 そう言い終わると同時に、彼の元へ駆けた。

 固く乾いた木剣同士を打ち付ける音が闘技場に響いた。初手から受けられぬような彼の腕ではない。まずは小手調べだ。
 二度三度と剣を当て合い、デニスが大きく薙ぎ払うのを跳び退いて、一度離れる。
 地に足がつく場所を狙って、またデニスの剣が伸びてくる。すんでのところで身を落として避けると、今度は横に走った。

 足元にはまだ気絶した冒険者たちが転がったままになっている。彼らの間に足場を見つけ構え直した私に向かって、今度はデニスが踏み込んで来た。
 響く模擬剣の音や、私たちの足音で意識を取り戻した冒険者たちが、慌てて場外へ這って逃げていく。

 付いたり離れたりを繰り返し、どのくらい経ったのだろうか。互いに集中するあまり、剣を交わしているこの時間を計る事すらできなくなっている。

 私とデニスでは明らかに体格差がある。私の身長は、長身のデニスの肩ほどまでしかない。小柄な私の方が障害物の間をぬって動くのには適している。
 敢えて、大柄な冒険者が倒れている場所へ戦場を移した。

「くっそ! この獣人女めが!!」
 不意に立ち上がったその戦士が、私の尾を掴んで引っ張った。驚いて振り向くと、あの言いがかりをつけてきた男だ。
 男はそのまま私の尾を持って振り回そうとしている。
 咄嗟とっさに姿勢を低くして地面に手をつき、両の足で男の足を蹴り払った。体勢を崩した男がよろけ、尾を掴んだ手が開く。そのタイミングで、駆け付けたデニスさんが場外に向けて男を蹴り飛ばした。

 巻き込まれぬよう男の手から尾を抜く……はずが、もう掴まれてはいないのに、男と一緒にひっぱられる。
 何故?と思って見ると、男が嵌めている大仰な指輪に、尾の毛がひっかかっている。
 強く振りほどけば、数本毛が抜けるだけで、ここから脱する事ができるだろう。

 ――が、やめた。もう十分だろう。

 そのまま男と一緒に、場外の地面に落ちる。その衝撃で、尾は指輪から外れて自由になった。

 審判が試合終了の声を上げた次の瞬間、観客席から唸るような大きな歓声と拍手が沸いた。

「待った! 今のは――」
「良いんです、デニスさん。運も勝負のうちです」
 そう言って笑うと、申し訳なさそうな表情のデニスさんがステージ上から手を差し伸べた。その上に手を置くと、私をステージの上まで引き上げる。

 先王ケヴィン様が立ち上がって手を上げると、歓声が一度凪いだ。
「勝負はついた。この度の『英雄』は、デニス・クロフォードだ」
 名を呼ばれ、少し驚いた顔でデニスさんが礼をする。下ろした頭を上げる前に、観客席から今度はどよめきが沸いた。

 皆が騒いでいる理由は、一介の冒険者であるはずの彼に家名がある事。それだけでなく、その家名がアシュリーと同じな事にだ。

「デニスは先の討伐隊『英雄』アシュリーの一番弟子。そして彼女の息子だ。彼がアシュリーの仇を取ってくれる事を期待している!」
 シアさんが芝居ぶって響かせた言葉に、今度はさっき以上の歓声が沸きあがった。

「そして『サポーター』にはリリアン・グレイ。彼女は獣人の国でも名の高い、灰狼族かいろうぞく族長の妹御だ。この国の為に尽力を注いでくれるそうだ」
 ケヴィン様の紹介を受け、深く礼をした。

 仇討ちの為に『英雄』になった青年、そしてこの国はじまって以来初めての獣人のメンバー。民衆を沸かせるには充分な演出だと思うが……

 これ以上に、何か起こす必要があるのだろうか。

 * * *

 片付けられたステージに、ケヴィン様とシアさんが上がってくる。その後ろから、ルーファス様を伴った国王、司祭を引き連れた大司教様が続く。そしてそれぞれの後から、目深まぶかにフードを被った人物が二人ずつ、合わせて4人付いてきた。

 観客席の民衆に向かい、ケヴィン様が両手を広げて高らかに告げる。
「さて、次に他の『英雄』たちを紹介しよう。まず、彼らが我々王族の代表だ」

 最初に、国王の後ろに控えていた一人が前に出てフードを取る。その下から現れたウォレス様の顔に、女性たちの高い歓声が上がった。

「『サポーター』は、ウォレス・ジルクレヴァリーだ」
 ケヴィン様が『サポーター』と言った事で、観衆の歓声が驚きの声に変わった。それもそうだろう。民衆の間ではウォレス様が『英雄』になると噂されていたのだから。
 なんで? じゃあ、誰が? 人より聞こえの良い狼の耳にはそんな言葉が聞こえている。

 誰が『英雄』になるのか、すでに私は知っている。
 そのもう一人が前に踏み出し、フードを取る。フードの下から、ニールの緊張した面持ちが現れると、観衆の声は驚きからいぶかしげなざわつきに変わっていく。

「彼が『英雄』、ニコラス・ジルクレヴァリー。私の亡き息子、クリストファー・ジルクレヴァリーの実の息子だ」

 その言葉を迎え入れたのは、まずは混乱と戸惑い。そして、それらは次第に興奮の声に変わっていく。

「彼は1年前から王都で、この日の為に修業を積んでいた。先日ウォレスを見事打ち負かし、『英雄』の座を手に入れた」
 ケヴィン様の一押しで、興奮は歓声に変わっていく。民衆の拍手とニコラス殿下の名を呼ぶ声で、闘技場は埋め尽くされた。

 横に立つウォレス様が面白くなさげに顔を歪める。国王も眉をひそめたのが見えた。
 面白く……ないのだろう。
 元より、国王は自身の実の弟であるはずのクリストファーを嫌っていたと聞いている。ウォレス様がニールを嫌っているのも、多分その所為せいなのだろう。

 同じ討伐隊の仲間になるのだから、彼とも仲良くやっていかなくてはならない。
 ケヴィン様に誰が『英雄』になっても構わないとは言ったが、その点については少し心配をしている。

 いや。気がかりなのはウォレス様の事だけじゃない。大司祭さまの後ろに立つ、フードの二人が気になっている。

「神に祝福されし、教会の代表はこの二人だ」
 敢えて仰々しく告げる大司教様の言葉に次いで、フード姿の一人が前に歩み出る。

 彼女の、魔力の匂いは嗅いだ事がある。私もよく知っている……
 白く細い両の指をフードにかけ、うつむきがちに取り払う。その下から現れた美しい金の長髪、そして紫水晶アメシストの切れ長の目。

「……マーニャ」
 ひとつ息を呑んでから、デニスさんは彼女の名前を呟いた。
 これでマーニャさんが教会の関係者である事は決定的になった。

「やっぱりそうだ……俺は、彼女を知っている」
 シアさんの口から、私たちにだけ聞かせるような低い言葉が洩れた。

「『英雄』はだ。彼女はしばらく冒険者として身を隠していた」
 大司教が名を告げると、マーニャさんの姿が淡い光に包まれる。その光が晴れると、そこに居たのは確かに、前世の私が知っている、先代神巫女のマーガレット様だった。

 その姿を見て、群衆は先ほど以上に沸いた。

 その歓声が止むのを待たずに、彼女の後方から踏み出したのは長身の男性の様だ。彼がもう一歩前、マーガレット様の横に並ぶ時に、長靴を鳴らす音が高く響いた。

 彼の腕に、マーガレット様が親しげに自分の腕を絡ませる。それを合図とするように、彼が片手でフードを払った。

 黒い髪、整った顔立ちに、相手を見透かすような鋭い目、闇を映す様な漆黒の瞳。
 16年前のあの頃、国中の女性の人気をクリスと二分した、黒の魔法使い。
 そして、アシュリーの――

「……メル?」
 シアが、彼の名を呼んだ。

 その声が聞こえたのか、それとも偶然か。彼が私たちの方を見る。そして、彼は私に向けて、その目を細めた。

「でも、メルは死んだはずだろう……?」
「違う」
 驚きと悲しみで潰れそうな胸を抑え、なんとか声を絞り出した。
「あれは、メルじゃない」

 あれはメルじゃない。メルの姿をしているけれど、彼じゃない。
 いったい教会は彼に何をしたんだ……

 私の名を呼んでくれたあの声を。
 私に笑いかけてくれたあの目を。
 私の肩を抱き止めてくれたあの手を。
 私に口づけてくれたあの唇を。

「『サポーター』のメルヴィンだ」

 片や先々代の『英雄』、そして片や先代の『英雄』。二人の並ぶ姿に、観客は今日一番の歓声をあげる。
 マーガレット様が優雅に会釈をすると、それに合わせてメルの姿をした者も観衆に向かって頭を下げた。

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※補足
シアン&ミリアの関係と同じように、デニスはアシュリーの養子という事になっています。
討伐隊が王都に戻った時には、アシュリーはすでに亡くなっていましたが、その功績に基づきアシュリーにもシアンと同じように家名と報償金が与えられました。
さらに葬儀やらのゴタゴタとクリスの王族としての力で、もう亡くなっているにも関わらず、養子の手続きをしてしまい、与えられた家名と報償金はアシュリーの遺した希望に従って、デニスに継がれました。

(メモ)
・マーニャ…エルフでBランクの魔法使い。デニスとは古くからの知人。実年齢不詳(かなり年上らしい)。
・マーガレット…2代前の『英雄』。討伐隊の任の後、神巫女の座についた。現神巫女ローザの母親
・メルヴィン(メル)…前・魔王討伐隊『英雄』。魔法使いの黒髪の寡黙な青年。アシュリーの恋人

 16年前の少年(Ep.1)
 家名(#102、#94)
 マーガレット(#46、#79)
 クリスを嫌っていた(Ep.6)


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<第1話はこちらから>


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