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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#168]128 魔王

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

128 魔王

◆登場人物紹介
・魔王討伐隊…
 リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『サポーター』
 シアン(顧問役)、ニール(英雄・リーダー)、マコト(勇者・異世界人)、デニス(英雄)、マーニャ(英雄)、ジャスパー(サポーター)、アラン(サポーター)
・マルクス…魔王配下の上位魔族の一人。10歳程度の少年の姿をしている。ニールの友人

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 私の手をとったシアからは、さっきまでのつらそうな表情は消え失せていた。
 そうして立ち上がると、落ちていたアシュリーの『英雄の剣』を黙って手に取った。

「もう大丈夫だ」
 そう言って皆を見回した彼が、今度は困ったような顔で私を見る。そこでようやく、皆の視線が私にだけ向けられている事に気が付いた。

「え……? リリアン、なのか??」
 混乱した表情でニールが言った。…… アシュリーこの姿の事はシアとデニスしか知らない。驚かれるのも当然だろう。黙ってうなずいた。

「どういう事なの? その姿はどう見てもアシュリーよね。リリアンとアシュリーの間に何か関係があるの?」

 マーニャさんが紫水晶アメシストの瞳を細めて尋ねる言葉に、シアが代わりに答えた。
「生まれ変わりだよ。アッシュが死んで、リリアンに生まれ変わった。例の神の力とやらもその時に貰ったらしい」
「シアンは知っていたのね」
「ああ、デニスも知っている」
 その言葉に、デニスさんもああと応えた。

 ニールはまだ混乱しているようで何かぶつぶつと言っている。アランさんは何故か目を見開いてほうけていた。

 流石に注目されるのが気になって、そっと『変姿かえすがたの魔法』を解いた。体にまとっていた魔力が落ちると、元の狼獣人の少女の姿に戻った。

「なるほど、俺が使っていたのと同じ『変化の魔法』だな」
 ジャスパーさんが、興味深げに私の姿を眺めながら言った。
 
「……リリアンについては、本当に不可思議な事だらけだわ。でも神の力が関わっているというのなら、いくらかは頷けるわね」

 横で聞いていたデニスさんが、なあと私とシアさんに向けて声をかけた。
「さっきのアシュリーさんは何だったんだ? シアンさんは魔族にされたって言っていたけれど……」
「多分、あれはゴーレムです」

「!!」
「といっても、マルクスが出した石像のゴーレムとは違います。アニーと同じか、それ以上に性能がいいものでしょう」

「ゴーレムは魂のない器に魔力で作った魂を込めたものだわ。そしてその器は――」
「作る者の腕次第で、人形でなくてもいいんです」
 マーニャさんの言葉をさえぎって言うと、彼女の方を見た。
「教会が、メルの遺骸でゴーレムを作ろうとしたように」

「……貴女はそんな事まで知っているのね」
「サムの日記に書いてありました」
「そうなの…… あなたたちは本当に仲が良かったものね」
 そう言って彼女のいたため息は、少し寂しそうにも見えた。

「教会はメルのゴーレムを作って、何をするつもりだったんですか?」
 そう尋ねると、マーニャさんはそっと視線を落としてから、口を開いた。

「あの子が死んだのは予定外だったのよ。あの時、ただでさえアシュリーが戦死して、クリストファーまでもが死にかけていて。ここでさらに討伐隊から無意味な死者を出すわけにはいかなかったの。だからメルヴィンを生きている事にしたかったのよ」
「メルを殺したのはマーニャさんですか?」

「……そう……言う事にもなるわね」

 マーニャさんは、否定をしなかった。知ってはいた事だった。けれど、何故……

「そこまでにして、先に進もう」
 マコトさんが私たちの会話に割り入った。
「今はできるだけ早く魔王の元に辿り着くのが先だと、そう言っただろう」

「そうね。魔王を倒すことができたら、彼らの事を教えるわ」
 マーニャさんはそう言って、何かを振り切る様に、目線を行く先に向けた。

 * * *

 魔王城の奥深くに、玉座の間はあった。
「……ここだ」
 感慨かんがい深く告げたシアさんを先頭に、ゆっくりと進み入る。

 ぼんやりとした灯りでしか照らされていない広間の中。薄暗がりの所為せいではっきりとは見えないが、複雑な文様らしきものが刻まれた幾つもの燭台しょくだいが、青い炎を揺らしている。
 血の色にも見える、濁った深く赤い絨毯じゅうたんが敷かれたその先に、玉座があった。

「たかが人間たちが、私の邪魔をするのか」
 玉座に座る人物が静かに声を上げる。

 ――私は、彼の事を知っている……

 さらに彼の周りに控えているのは、今までに私たちの前に立ちふさがってきた上位魔族たち。
 鎧の魔族、ルシアス。
 仮面の魔族、ビフロス。
 そして、無垢むくな少年の姿をした、マルクス……

 ニールは前に踏み出してシアさんの隣に並ぶと、マルクスの方を見た。

「無事だったみたいだね」
 先に口を開いたのはマルクスだった。
「あれで君たちが諦めて、大人しく帰ってくれれば良かったのに」
「マルクス……」
 ニールが寂しそうに彼の名を呼んだ。

「ニンゲンとはなんと強欲なのだ。我らの大事な物を奪うだけでは飽き足らず、こうして父者の命までも奪おうとするなど……」
 ビフロスの言葉に、わずかにニールが動揺した。

「え……? 大事な物って何のことだ?」
「しらばっくれるな! 我らから奪ったものを返せ!」
 次に声を荒げたのはルシアスだった。

「あれがあれば、は滅びずに済むのだ!」

「え……?」
 魔族たちの言葉に皆が絶句した。

 いや、正確には全員ではない。マーニャさんは静かに長いため息をき、マコトさんはちらりと私の方を見た。

「大丈夫です。貴方たちが望むものを持って来ています」

 私の声が広間に響く。
 上位魔族たちだけではなく仲間たちの視線までもが私に向けられた。

 その視線の中、ニールたちの一歩前にでると、マジックバッグから白い布の包みを取り出した。
「そうか、持ってこられたんだな」
「はい、つい先ほどです。魔王に近づいた事で、ようやく教会への道を作る事ができました」
 マコトさんの言葉に、振り向かずに答えた。

 その包みをそっと開いて見せる。『彼女』の顔が現れると、魔族たちからおおと声が上がった。

「うっ」
 横から包みを覗き込んだシアさんが、詰まったような声を上げる。
 驚くのも無理はない。この彼女はもう胸元から上ほどしかなく、残った部分も部分的に大きくえぐられている。
「リ……リリアン。これはいったい……」
「女神シルディスのです」

「え? 遺骸って?」
「待ってください、リリアンさん。シルディス神は亡くなられているんですか?」

「ずっと死んでいるよ。もう何百年も前から」
 皆の声に答えたのは、私でなくマコトさんだった。
「僕が最初の勇者として呼ばれた時には、すでにシルディスは死んでいた」

「そうだ。そしてニンゲンがそれを奪ったのだ。それは我らの父者の物だ」
 ビフロスが女神を指さしながら言った。

「そうです。だから、これは彼らに返さなければいけない」
「それが本当に女神だとしたら…… 尚の事、魔族の手に渡してはいけないのでは?」

「いいんだよ。こうするのが正しいんだ」
 ジャスパーさんの不安そうな声に、マコトさんが穏やかに答えた。

 その声を背に、一歩二歩と魔王に向かって歩き出す。
「リリアン……」
 シアさんが私の名を呼ぶ。言葉にはしていないのに、大丈夫か?と問われた事はわかっている。振り返らずに大丈夫だと頷いてみせた。

 私が近づいても魔王はその姿勢を変える事なく、じっとただ待っていた。
 目の前に立ち、そっとシルディスを差し出すと、彼は両腕を差し出して彼女を受け取った。

「シル……」
 彼は愛おしい人の名を呼んで、しっかりと彼女を抱きしめる。

「良かった…… リリアン、だったよね…… ありがとう」
 ホッとしたようにマルクスが言う。
「マルクス…… お前たちは、ずっとこれが欲しかったのか?」
「ああ、そうだよ」
「俺に…… 話してくれれば良かったのに……」

「だって…… 何百年も前から、ずっと訴えていたのに。それでもニンゲンは返してくれなかったじゃないか」

 彼らのしていた事は、目線を変えれば至極まっとうな事だった。
 自らの王の恋人の遺骸が人間に奪われた。彼らはそれを取りかえそうとしていた。
 ただ、それだけだった。

「……魔族は人間の国に害をなそうとしてるのだと、そう思っていたのに……」
 アランさんの悲しそうな声が聞こえた。

「マルクス。もう良いわよね」
「ああ、もう必要ない」
 マルクスと交わした言葉を聞いて、マコトさんが玉座の前まで上がってきた。

「え? リリアン? 何をするんだ?」
 デニスさんが不安そうに尋ねる。
「魔王は倒さなくてはいけないんです」
 そう答えて、再び魔王の方を向いた。

 彼はただ、白い布の塊を愛おしそうに抱きしめている。

「ギヴリス……」
 私が小さく名を呼ぶと、彼はゆっくりと視線をあげる。
 彼の深く赤い瞳が、私を映した。

「約束を果たしに来たよ」
 それを聞いて、彼はゆるやかに優しく微笑んだ。

「お願いします。マコトさん」
 マコトさんが剣を振り上げても、彼は身動き一つしなかった。

 勇者の剣を突き立てると、『魔王』は黒い霧となって空に散って、そして消えた。
 彼が抱えていたシルディスの遺骸だけが、ぽとりと床に落ちた。

「う…… 嘘だろう? 魔王が…… こんなにあっけなく……」

「ニール、ありがとうな」
 マルクスの声に上位魔族たちを見ると、消えた魔王を追うように、彼らも一人ずつ消えていくところだった。

「マルクス!?」
 驚いたニールがマルクスに駆け寄って咄嗟とっさに伸ばす。でもその前にマルクスは消え、ニールの手は何にも届かずに空を掴んだ。
「ど…… どうして……?」
 ……ごめんね。ニール……

 魔王と魔族は消えた。でもまだ約束は残っている……

「これで終わりではないです。マコトさん『勇者の剣』を持って来てください」

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(メモ)
・シルディス……主に人間たちが信仰している、大地と豊穣の女神。(#8)

 ゴーレム(#50)
 (Ep.5)
 日記(#76)
 女神の遺骸(#64)


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