【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#169]129 神の傷
ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~
129 神の傷
◆登場人物紹介
・魔王討伐隊…
リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『サポーター』
シアン(顧問役)、ニール(英雄・リーダー)、マコト(勇者・異世界人)、デニス(英雄)、ジャスパー(サポーター)、アラン(サポーター)
マーニャ(マーガレット)…教会の魔法使いで、先代の神巫女。金髪に紫の瞳を持つ美女
・シルディス…主に人間たちが信仰している、大地と豊穣の女神。(女神の名が、そのまま人間の国と王都の名前にもなっている)
・ギヴリス…リリアンを転生させた神。『黒の森の王』と呼ばれる獣人たちの神
=================
自分の記憶の中にある、『彼』の匂いを辿る。
魔王の座っていた玉座の裏手から、地下へ潜る階段を下り、さらに奥へ向かう長い廊下を進む。
「なあ…… なんでシルディス様はそんな姿になってしまったんだ?」
後ろから私を追ってくるシアさんに答える。
「教会の皆さんが、彼女の遺骸から神力を奪ったからです」
「!?」
マーニャさんの方をちらりと見る。
「そうですよね。この間言っていた『赤いお酒』、あれは女神の神力を取り込む為の物ですよね」
彼女は私の言葉に少し眉を動かしただけで、何も答えなかった。
「な…… なんでそんな事を?」
「教会の者たちにだけ使える、特別な魔法を使う為でしょう。あれは『赤いお酒』を飲まなくては使えないんです。でもおそらく、それだけじゃない……」
さほど広くないこの廊下の壁にはなんの装飾もない。その事が今までどれだけの距離を歩いてきたのかの判断を鈍らせる。
まだ先だ。もっと先から、あの匂いがする。
ようやく辿り着いた、突き当たりの飾り気のない扉をあけた。
* * *
そこにギヴリスは居た。いや、正確にはまるで物のように置かれていた。
私を追ってきた皆も次々と部屋に入ってくる。
「うっ!」
「リリアンさん、これは一体……?」
たまらず、アランさんが顔を逸らせた。それほどに彼も惨い姿になっていた。
見ない方がいいよ。
あの時、ギヴリスがそう言ったのはおそらくこの姿の事だろう。
教会の奥で見たシルディスと同じように、彼の体も大きな透き通る台座の上に据えられていた。
しかし、彼女とは違ってその体は損なわれてはいない。代わりにその肉体の殆どが、膿んだように黒く濁っている。
顔もいくらか膿に覆われているが、体に比べると薄く、その面差しをはっきりと見ることができた。
「先ほどの魔王と同じ顔だな……これがもう一人の神か」
「マコトさんは知っているんですね」
「ああ、僕の中にあるシルディスの記憶に彼の姿もあった。君に加護を与えたのはこの神か?」
マコトさんの問いに頷いた。
「はい、そして『魔王』の本体です」
「『魔王』って…… 今さっき倒したやつだよな? じゃあ、こいつがいるかぎり、また魔王が復活するんじゃないのか?」
デニスさんが眉をひそめながら言う。
「いいや、もう魔王は復活しないよ。復活させるのは神だ」
マコトさんはそう言うと、私にさあと言うように目くばせをした。
「彼の正体は、我々獣人の神『黒の森の王』なんです」
そう宣言してから、ボロボロのギヴリスに少しになってしまったシルディスを差し出した。彼の目が薄く開く。
「約束どおり、魔王は倒したよ。それから、これを」
彼は私の顔を見ると、僅かな力を振り絞るように爛れた両手を差し出した。
その痛々しさに心が軋んだ……
手を添えて、ギヴリスに彼女の遺骸を抱かせると、彼は思いを巡らせるようにまた目を閉じた。
「ずっと…… 会いたかったんだよね」
「なあ」
ここに来てからもずっと黙っていたニールが、静かに口を開いた。
「世界が滅びるって……マルクスたちが言っていたよな。もうこれで大丈夫なのか?」
「ああ、そうだよ。これで、この世界の神はまた永らえる事ができる」
「待ってくれ。この世界の神って? シルディス様じゃあないのか?」
「いいや、違う」
そう言うとマコトさんは、ただ黙ってギヴリスの方を見た。
「どういう事だ? 俺たちの信仰が間違っていると言うのか?」
ジャスパーさんは教会の魔法使いだ。教会ではシルディス神を祀っている。不審に思うのも当然だろう。
彼に対して、同じ教会の魔法使いであるはずのマーニャさんは、不思議なほどにずっと黙している。
「間違っているわけじゃあない。でも人間にとって都合がいいように、神話は捻じ曲げられているんだよ」
マコトさんはそう言って、勇者の剣をギヴリスに向けて掲げた。剣からあふれ出た魔力が、ボロボロのギヴリスの体に吸い込まれるように消えていく。
それと同時に、ギヴリスの体にあった黒々しい膿が少しだけ消えていった。
「……それは、魔王を倒す為に集めた魔力だろう?」
シアさんが少しだけ首を傾げながら尋ねる。
「それは半分正しくて、半分間違っている。確かにこの剣の力で、あの魔王を消す事ができる。でも元々この魔力はこの神を救う為に集めた物だ」
「救うって……?」
「勇者の剣には倒した魔獣の魂も集められている。その魔力を注いで少しずつ彼を延命しなければ」
そう言って、マコトさんは再びギヴリスの方に視線を戻した。
「この世界は滅びる」
「でも、これでもまだ足りませんね……」
私の呟きに、マコトさんはこちらも見ずに頷いた。
「勝手な事をしてくれては困るな」
予想をしていなかった方向から、重々しい老人の声がした。
私たちの入ってきた扉とは全く反対の方向、奥手側にある扉の前に白いローブ姿の老人が立っていた。あれは、王都にいるはずの大司教だ……
「まさか一行の中に邪魔者が混ざるとは…… やはり獣人を討伐隊に入れてはいけなかった。所詮は獣だ。我々に対しての信仰心を持ち合わせてはいなかったようだな」
そう言って、大司教は手に持った杖でギヴリスの方を指し示した。
「そこの『神』と『魔王』は我々に返してもらおう」
大司教は知っているのだ。自分たちが神を食らっている事を。そうして、神がボロボロに傷ついている事も。
「……そうして、また『魔王』を作るのですか? また『勇者』を召喚するのですか?」
「お前も大礼拝の時の私の言葉を聞いていただろう? 女神シルディスの御力で、この国に豊かさが保たれているのだ」
「そうして、召喚した『勇者』の命を奪っていたんですね」
私の言葉に、大司教はニヤリと笑った。
「女神の力で呼び出された『勇者』は、この世界の糧になる…… 我々の国の豊かさは『勇者』の命によって支えられているのだ。この世界は死にかけている。他の世界である『神の国』からの命があれば、この世界を延命できる」
「そ、そうなのか? マコト」
ニールが答えを求めて、マコトさんの方を見た。
「ああ、まさに延命だろう。この世界は滅びかけている。でもまさか『勇者』の命まで奪っていたとはな……」
そう言って、彼は小さく舌打ちをした。流石に彼もそこまでは知らなかったのだろう。
「この世界の神の力を取り戻す為に手っ取り早いのは、女神の遺骸を渡す事だった。そうすれば女神の遺骸に残った神力で、この世界を延命できていたはずなんだ」
だから……ギヴリスはシルディスの遺骸を食らおうとしていた。
でも大司教たちは、ギヴリスからシルディスを奪った。そして、彼に返すことも拒んだ。
「当然だ。我ら人間をこの世界から排除しようとする者に、この力の源を渡すわけにはいかない。それにあれを手放してしまったら、何百年と繋いできた我の命を保つことができなくなる」
「え……」
「何百年……」
やっぱり…… いくら長命の種族であろうと、何百年も生き続ける事はできない。
彼らは不死の体を得て神の力を行使する為に、神の力を取り込み続けてきたのだろう。
ただ、ギヴリスにシルディスを返すだけでよかったのに。
自分たちの欲望の為だけに、それをしなかった……
「貴方たちが、そんな事にしがみついていなければ…… これほどの事にはならなかったのに……」
心がざわつく。
頭にかーーっと血がのぼっていく。
許さない…… 許さない……!!
あいつらに仕組まれた戦いの中で、アシュリーは魔獣に食われた。クリスは呪いで命を落とした。
ルイはあいつら殺され、メルも…… サムも……
シルディスは死ぬよりもつらいほどに傷つけられた。
恋人を自らの手で殺したギヴリスも、何百年も苦しんでいた。
神の国から呼び出した今までの勇者も……こいつらの所為で殺された……
やはり劣弱な人間など…… 食らってしまえばいいんだ……!!
『何か』の声が響き、目の前が真っ暗になった。
『私』は四つの足を踏みしめると、大司教に向かって唸り声をあげて飛びかかった。
「こやつっ、とうとう獣の正体を現したな!」
大司教が杖を振り上げると、彼の周りに光の輪が現れる。それは壁となって、私をはじき返した。
転がる体を再び起こし、また大司教を睨みつける。
――めろ、リリ――
遠くで誰かの声が聞こえた。
ダメだ、アイツを殺してやる、許さない、食らってやる!!
飛びかかろうとするが、うまく体が動かない。
唸り声をあげながら、体に絡みつく何かを振りほどこうとする。
――ダメだ! 行くな!――
今度は…… はっきりと聞こえた。
あの人の声が……
そして、私の名を呼んだ。
* * *
……いつの間にか、私は獣化していたらしい。
大狼に姿を変えた私に、シアさんとデニスさんがしがみついて抑え込もうとしている。
どうして、どうして…… 私を止めるの?
「皆…… 大切な、大切な仲間たちだったんです…… それがあいつの…… あいつの所為で……」
ぽろぽろと、熱い物が頬を伝って落ちて行く。
ずっと一人だった自分に仲間ができて嬉しかった。
皆、魔王を倒そうと、世界を救おうと必死になっていた。
それが…… あんな奴の為だったなんて……
「でもお前にそんな事をさせるわけにはいかない」
耳元で、シアさんの優しい声がした。
<第1話はこちらから>
応援よろしくお願いいたします!!(*´▽`)