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「人生なんて一体何のためにあるんだ?」 〜ミルとモーム

 有名すぎるサマセット・モームの「人間の絆」の一節です。中野好夫先生が訳された新潮文庫版が人気となり、近年、岩波文庫からは行方昭夫先生訳が出ています。

 モームの物の見方は多角的で、登場人物の言葉を借りて矛盾めいたことを言わせることもあります。しかし、仕事柄さまざまな人々を観察してきたモームが特に日本で人気だったのは、その作品に「諸行無常」感が流れていたからでしょう。

「大学は、全ての知識を人生を価値あるものにする主要な手段として与えねばなりません。すなわち、われわれ各人が人類のために実際に役立つ人間になることと、人類そのものの品性を高める、つまり人間性を高貴にすることという二重の目的を達成するために与えねばなりません」(J・S・ミル「大学教育について」 p.106)
 「人類のために役立つ人間になること」「人間性を高貴にすること」という二重の目的を達成するために大学が行うべき役割を述べるミル名誉学長の弁です。

 それとは対照的に、モームは主人公(フィリップ)にこんなことを言わせます。

「努力があまりにも結果と不釣り合いだ。青春時代の明るい希望は、いずれこの上なく苦渋に満ちた幻滅という代価を支払うことになる。努力の結果は苦痛であり、疾病であり、不幸であって、これではあまりに不均衡だ。一体全体、人生の意味とは何だろうか?」(岩波文庫「人間の絆」下 p.241)

 この後、主人公のフィリップスは、死の淵にある「東方の王」が、賢者に人間の歩みを一行にまとめて語らせたことを思い出した。

「人は生まれ、苦しみ、そして死ぬ」

Philip remembered the story of the Eastern King who, desiring to know the history of man, was brought by a sage five hundred volumes; busy with affairs of state, he bade him go and condense it; in twenty years the sage returned and his history now was in no more than fifty volumes, but the King, too old then to read so many ponderous tomes, bade him go and shorten it once more; twenty years passed again and the sage, old and gray, brought a single book in which was the knowledge the King had sought; but the King lay on his death-bed, and he had no time to read even that; and then the sage gave him the history of man in a single line; it was this: he was born, he suffered, and he died.

 プログラミングの世界だけでなく、ここにも「ワンライナー」氏はいます。

「人は生きることで何らかの目的を達成することはない。生まれようと生まれまいと大した意味はないし、生きようが死を迎えようが意味はない。生は無意味であり、死もまた然り」

 誰もが「よりよく生きたい」と願う人生について、モームは主人公の口を借りて『生は無意味』とシニカルに語ります。

 さて、本当に「人生は無意味」なままのでしょうか?

<続>

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