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三宅島のアズマヒキガエル~新大陸の発見~

新大陸に上陸したカエルたち


 夜の帳(とばり)がおりると、おびただしい数の生き物が森を移動し、道路を渡る。島民の憎まれ口を意にも介さず、大海嘯(だいかいしょう)のごとく生家の池や水たまりに押し寄せてきます。日が昇ると見えてくるのは、島中の道路に散らばる平たいヒキガエルたち。

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夜の道路を横断するヒキガエル

 かつて三宅島に両生類は生息していませんでした。しかし、凡そ40年ほど前、何者かによってアズマヒキガエル(Bufo japonicus formosus)が移入され、それを機に三宅島の空席の生態的ニッチを独り占めし、今や爆発的な大繁栄を遂げています。

生態的な影響


 彼らは在来の生物相にどれほどの影響を及ぼすのでしょうか。外来種である彼らが三宅島の固有の自然に与えているインパクトを定量的に測ったデータはありません。しかしながら、地表性の昆虫やミミズなどを主食とし、繁殖期以外は水辺から離れて山野いっぱいに拡散していることを考えると、餌資源の重なるアカコッコをはじめとする鳥類の餌資源確保に対して多少なりとも影響を及ぼしているのだろうと想像できます。

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伊豆諸島に生息するアカコッコ

 一方で、このカエルの捕食者に焦点をあてると、その数は限られてきます。というのも、ヒキガエルは耳腺等に毒(強心性ステロイド ブフォトキシン)を持っているためです。ヘビのヤマカガシは、この毒の影響を受けない数少ない捕食者ですが、三宅島には棲息しません。では三宅島におけるヒキガエルの捕食者が誰かというと、カラスです。とても器用にヒキガエルの皮を剥がし、食事にありつく様をしばしば目撃します。

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海鳥にありつくカラス

ヒキガエルの生存率


 ニホンヒキガエルの研究によれば、卵から1歳に達するまでの死亡率は99.7%と、生存割合は極めて低いが、中には10年以上生きる個体も確認されています。アズマヒキガエルがニホンヒキガエルの東日本亜種であることを考えれば、恐らく同様の生存率・寿命であると考えられます。
 また、ニホンヒキガエルでは、雄は3才で繁殖に参加、メスは4才で繁殖に参加すると言われており、三宅島で繁殖期に大行進するヒキガエルの軍団は、既に島で3年以上も生き抜いた猛者の集まりであることが分かります。

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雌の到着を待つカエル達

 今年(2021年)の1月の末、とある砂防施設の水たまりにヒキガエルの大群が押し寄せていました。「こんな季節にもう!?」と驚きましたが、本州に比べ暖かい三宅島では冬眠期間も短いのでしょうか。

参考「ニホンヒキガエルBufo japonicus japonicusの自然誌的研究 : V.変態後の生残率と寿命」(奥野 良之助、日本生態学会誌、35:93−101、1985)



ただでは死なない


 ヒキガエルによる思わぬ影響もあります。繁殖期にヒキガエルが向かう水辺には、農業用の貯水池も含まれ、そこで一部の槽の部分にカエルが大量に落下し、溺死して腐敗するのです。これを役場と支庁の職員で協力して掃除するのですが、その異常な腐敗臭と溶けた肉や内臓の雑菌スープの中での一日作業は辟易とせざるを得ません。
 また、カエルが農業用水のパイプに詰まり断水するなどの事故も発生しています。

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カエルの死骸除去


 このアズマヒキガエルの例ように、外来種の移入は固有の生態系や産業など多方面にインパクトを与えます。したがって、それが国内の種であっても他の地域に持ち込むような行為は決して行ってはならないのです。

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ヒキガエルにとっての新大陸「三宅島」


 そうこう呟いている間にも、虫の多いこの三宅島の中でヒキガエル達はお腹をパンパンにして悠々と生きています。今も再生し続ける雄山の植生を考えれば、彼らの増加の伸びしろはまだまだ青天井。そう考えると、彼らの無骨な表情も不敵な笑みに見えてきます。

 この島の王者はもはや人間ではないのかもしれません。

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笑いを浮かべるヒキガエル

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