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遠い記憶  十四話

あれは、夏の夜。
外は、花火の打ち上げられる音がする。
母が、今日は花火やね~と、
見に行って見ようかと、私と弟を連れて、とぼとぼと、
花火の打ち上げられる方へ、堤防を渡り、橋の上まで来た。

バアーンと言う音と共に、パアーッと夜空に花咲く花火。
その度に、歓声と拍手が上がる。

私も、わあー綺麗だなぁと、しばらく夜空を見上げていた。
最後の、花火であろう、バン、バン、バンと、
数発上がると、またもや、大歓声と拍手、それと共に、
がやがやと、みんな思い思いに歩き出す。
暫く、その場に居たが、もう誰もいない。
辺りは、真っ暗だ。
しかし、母は橋の上から動こうとしない。

どうしたんだろうと、母の顔を見ると、
母は、空など見ていない。
橋の下に流れる川を、ジーッと見ている。
私は、思わず、お母さんと声を掛ける。
それでも、母は動かない。
私は、お母さん!と、母のスカートを引っ張って叫んだ。
すると、
母は、ハッと、我に返った顔をした。
ああ、
もう、花火は、終わったんやね~と、
私は、母の服を掴んで、お母さん、帰ろうと、
そうやね~と言い、
ゆっくりと、家に戻った。

ある日、
母が、私と弟を呼んだ。
黙って、母の側に行くと、母は、私と弟の手を取り、
お宮の、階段をおり、右手に曲がると、そこは小さな踏切。
何処に行くんだろうと思ったが、
母は、その踏切の前に立って動かない。
遮断機も無い、踏切だ。
母は、黙ったまま二本の線路のレールを見ていた。
そのうち、
二本の、レールから、ゴトゴトと振動が、
左右を見たが、汽車の姿は無い。
母の、顔を見たが、目は二本のレールを見たまま動かない。

暫くすると、
右手から、汽車が来るのが見えた。
私は、母に、お母さん!と声を掛けた。
母の右手が、私の左手を、母の左手が、弟の右手を
汽車は、どんどん近づいて来る。
私は、お母さん!と叫ぶ。
私の手を握る母の手に、力が入るのを感じた。
私は、お母さん!と叫びながら、振り払おうとしたが、動かない。
私は、右手で母の腕を掴み動かそうとするが、動かない。
弟に、お母さんを、引っ張れ!と叫ぶ。
もう、
そこまで、汽車は来ている。
お母さん!と叫ぶが、動かない。
その時、
とっさに、私は自分の左足で、母の右足を、後ろから蹴り上げた。
すると、
母の足がよろめいた。
その時、力一杯、母を引きづった。

と、思った瞬間、
私達の目の前を、大きな鉄板が、数枚通り過ぎて行った。
その、熱風に、私のおかっぱの髪も舞った。
私は、熱風が頬に当たり、熱いと思った。
母を見ると、足はガタガタと、確かに震えていた。
私は、悲しいとか、怖いとか、涙も出なかった。
ガタガタと、震える母の足を見ながら思った。

生きなきゃ行けない。
食べなきゃ行けない。
男なんかに頼れない。
子供と、おなごでも、生きなきゃ行けない。
そう、思った。
私は、一つ強くなった。

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