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アップルの中庭で #2 親友よりも、他人のほうが優しいこともある(1)

中学生の時から、ずっと仲良しの親友がいた。
お互いの家に泊まったり、旅行に行ったり。彼女のご両親や兄弟の連絡先だって知ってるくらい、仲が良かった。

歯車が狂い始めたのは、ちょうど一年前。
彼女が通いつめてる居酒屋の常連さんで気になってる人から、ちょっとしたセクハラを受けたと言い始めてから。
好きならセクハラじゃないじゃんて思うでしょ?
これが既婚者なんだな。てことはセクハラじゃね?とわたしは思う。

おい、親友。ちょっと嬉しそうにするなや。
気持ちはわかる、と言いたいところだが、アロマンティックのわたしには、わかったようなわからないような…、一般的にはちょっと嬉しくなっちゃうのかな、だって好きなんだもんね、と一応納得はする。

彼女はわたしがアロマンティックだろうがなんだろうが、構わず恋愛の話をあけすけに話す。
そこまで話さなくていいんだよ、って思う時もあるけど、まぁ話したいんだと思う。誰でもいいから聞いてもらいたいんだねつまりは。

わたしが話せる恋愛話なんて何もないもんだから、基本的に彼女が喋り倒してるのに対して相槌と共感と、たまに意見を述べるくらい。
そして、ひとたび彼女が恋愛すると会話の割合がほぼ0対10になる。
いや、わたしも自分の仕事の話とか私生活の話とかしようと思うんだけど、なんか彼女は自分の話をしたくてうずうずしてて。
わたしの話も聞いてくれるんだけど、楽しくなさそうに聞くから…わたしも(わたしって喋りがへたくそなんだな。申し訳ないな)とか思い始めて、話したい聞いて欲しいって気持ちがなくなっちゃうんだよね

こうなってくるともう、「で、最近どうなの?その人とは?」って話を振るしかないわけで…
だってそれをずっと待ってるんだもんねー。うずうずしながら。
待ってました!とばかりに話し始めるのに、内心うんざりしてるときもたまにあった。
別にいいんだけどさ。
私生活に余裕があるときなら全然いいんだけど、体調崩して休養して、フリーのイラストレーターでやっていこうって決めて引っ越して結構毎日がバタバタしてて、他人の惚気話なんか聞いてる場合じゃないというね。
いつもなら、くっつけば落ち着くのよ。だからくっついて欲しいけど、倫理的にはくっついちゃダメだろって言う、謎の状況になってて。

真っ当な恋愛ならほっとけばいいのよ。
でも全然真っ当じゃない……
離婚してから手を出せやと思う。
大事な親友なんで、辞めてもらえますかって心底思う。

彼女にも散々やめとけって言った。「わたしはその人本当に嫌いだよ」って。でも恋愛スイッチ入ると止まらないタイプなんだよね…わかってる。猪突猛進は君のいいところでもあるのはよくわかってる。それに何度助けられたことか。
恋愛って理屈じゃないって言うのも、理解はできないけど、文字面では知ってる。

最悪な男との、恋人未満の惚気話を聞かされるのにはだいぶ消耗した。心も体も。
心配だから話を聞かないわけにもいかない。
いい加減面倒になってきて、一旦そのサイテー野郎に会わせろってせっついた。

独立したてで仕事も落ち着いてない。
時間なんてないから、なんとか合間を見て捩じ込むしかなかった。

わたしは男に一言苦情を入れるべきかと悩んでいた。いい大人に対してさしでがましいのはわかってる。他人の恋路に首を突っ込むなんて、大きなお世話なのもわかってる。彼女が誰と恋愛しようと彼女の勝手だし、傷つくならそれは彼女の自業自得なのだ。
でもわたしは彼女の家族も知ってる。
血のつながらない姉妹みたいなもんなのだ。
「手を出すなら、ちゃんと覚悟と責任を持って、身辺整理をしてからにしてください」と言うつもりだった。

当日、待ち合わせの場所に行くと、なんとも言えない男がいた。
良くも悪くもない容姿に、中肉中背で、流行を取り入れたファストファッションとそれなりにお金をかけた小物をまとう男だった。
わたしの一番苦手とするタイプの人間だった。
普通からはみ出た他人に、それが当然だというように厳しい態度を取る人種にありがちな見た目。
よりにもよって…と思う。

最初は当たり障りない話をしていた。
でもふと、いろいろ話をしていくなかで、わたしの話になった。
「ね、彼氏いたことないんでしょ?
そんで、なんだっけ。

ああ、清廉潔白?笑」
そう言って、馬鹿にしたように笑ってた。

頭が真っ白になった。
隣で友達が気まずそうな空気を出して、そして、一言二言で諌めた。
二度と言わないで、と。
ショックを受けてたわたしの耳にははいってなかった。

ああ、彼女が酒の席で言ったんだろう。
わたしのことをペラペラと。酒の肴みたいに。
この男と会う時はシラフにはならないって言ってたしな。基本は飲みにしかいかないし、ダラダラ実のない話を喋るのが楽しいんだよねと言ってた。
その実のない話にわたしのもっともプライベートな内容が入ってたのか。へえ。そうか。すごいな。

なんで、今日初めて会うこの男に、わたしの1番プライベートな話が知られてるのだろう。
ここはこの男の行きつけの店のはずで、いつもカウンターで飲んでるって言ってたから、じゃあこのお店の常連さんはみんなわたしのことを知ってるのか?
そして、笑ってたのかな。
今日くる女、30歳で処女なんだってよ。どんなやつなんだろうな。とか?

そして、わたしはこれからこの男に、「友達にセクハラしないで」って話をするのか?

そこからは地獄だった。
わたしはひたすら日本酒を飲み、親友とその男のよくわからないやりとりを聞く。
なんとなくで確証はないけど、この男は親友のことを好きではないのでは…と思った。
だって、隣の席の女の子を普通にナンパしてたよ?
気の多い男ってことなの?もうわかんない
わたしには難解すぎるよ。
普通の恋愛もよくわかってないのに。
え、これでいいの?

あー帰りたい。
消えたい。
恋愛をできないわたし、そういう行為をしたことがないわたしは、こんなふうに貶められるのか

なぁ、親友。わたし今すごい惨めだ。
30歳で、恋愛に興味を持たない清廉潔白な女って言ったのかな。
そんでこんな馬鹿にされるのか。
頭おかしいわこいつら。
いや、わたしがおかしいのか。
だからこんな風に言われちゃうのか。
言い返せないしさ、苦笑いで流すしかないじゃん。

生まれて初めてアウティングされた相手は親友だったってか。
え、つら。
別に隠してたわけじゃないけどさ。
言う相手は選んでんだよこっちも。
真剣に聞いてくれる相手、気を遣わせちゃわない相手、気まずくならない相手を選んでんだよ。
そんで今日、この男に喧嘩売るくらいの覚悟で内心震えながらきたんだよわたし。
もう、ライフゼロでなんもいえねえ。

この先の人生も、こういうことたっくさんあるんだろうな。
あーあ。
今人生で一番、みじめ…


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