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感情は贅沢品だから

 先日、猫の日に誕生日をむかえて、また一つ歳を重ねることが出来た。最近気が付いた事といえば、宮本浩次以外にも私が好きな人、気になる人は『みうらじゅん賞』をとりがちという事。

 今年はバースデーケーキの代りにシュトーレンショコラを買ってみた。袋を開けた瞬間のドライフルーツに浸かった洋酒の香りがたまらない。しかも、中身だけでなくシュトーレンごとチョコレートでコーティングした豪華版。もはやシュトーレンとは別物かもしれない…。暫くはコレを1切れづつ味わう楽しみが出来た。幸い家族のなかでシュトーレンに興味があるのは私ひとりだけなので、ひとり占め。

 今日は一人でシュトーレンとコーヒーを頂きながら、この約50年を振り返ってみた。簡単に言うと『安心・安全を求めての50年だったなぁ』と思う。

 生まれも、育ちも安心して過ごせる環境ではなかったので、安心・安全に対する希求と意識は人一倍強い気がする。父は不機嫌なのが平常で、暴言・暴力は日常茶飯事。母は日々泣いて、疲れ切っていた。母の「逃げてーっ!」の声に、私と妹で一目散に家から逃げ出すなんてことも日常だった。詳細はサイコホラーになりかねないので省略するけれど、こんな生活を続けていると人はおかしなことになってくる。

 私が小学3年の頃、嬉しいことに父が暴れることもなく平穏な日が数日続いた。そして、そんな状態に心がザワザワしてくる。この安心した状態に不安を感じ、落ちつかない。更には不思議なことに罪悪感さえおぼえた。『コレはおかしなことになっている』と私は直ぐに分かった。不安のなかで暮らし続けていると、安心な状態に安心出来ないという、おかしなことになる。結果、不安な状態でも、安心な状態でも心安らげる場所は無くなっていた。

 子供の頃は、父が手加減を間違えて家族の誰かが死んでしまうかもしれない…という思いもあったし、いつ何が起こるか分からない不安から「戦時中ってこんな気持ちなのかな…」と思うことも度々あった。そんな中、高校生になると、生まれて初めて同じ境遇の子に出会い、戦友のように互いに励ましあってなんとか3年間頑張った。そして、高校の卒業式から自宅に帰って「ここまでくれば大丈夫っ。心も身体も何とか生き残った…。」と制服姿で脱力したのを覚えている。人生の序盤は、このような18年間だった。

 母は、今も昔も優しく、働きもので善良という言葉がピッタリの人だ。それでも、不安と恐怖のなかでの暮らしが思考を歪ませてしまう。私が小学5年の頃に、母から私の幼い頃の危機一髪事件を聞いた時のことだ。やっとつかまり立ちが出来るくらいの頃、母が目を離した隙に私は棚の上に置いてあった食べかけの焼き魚に手を伸ばし口に入れてしまったそうで、魚の骨を喉に詰まらせ床に倒れていたそうだ。母は『死なせたらお父さんに怒られると思って、逆さまにして必死で背中を叩いて取った。』ということを悪びれる様子もなく話してくれた。

 私は、自分の子供が死ぬかもしれないという状況でも、父に怒られる…という思考が優先するのを知って、恐怖って人の思考をおかしくするんだな…と思った。

 そして、母は自己憐憫劇場の主演女優になっていった。決め台詞は「私が我慢すれば…」私はその舞台の子役だったけれど、早々に退団して母にも引退を勧めた。それでも、母は頑なに舞台に上がり続けた。何故なら、自己憐憫劇場は作、主演、観客ともに自分自身だから。顧客満足度100%!こうなると、なかなか自分から舞台を降りるのは難しい。私は遠く、劇場の非常口あたりで舞台上の母を見つめていた。立派に演じきった母は後期高齢者となった今でも、この女優魂が抜けないようで時折、舞台に上がっている。私も、今ではこれも母の人生なので良しっ、と思う。

 そんなこんなで育ってきたので、安心・安全が喉から手が出るほど欲しかったし、そのために努力もした。そして、この前のMBTI診断の結果も、この育ちが要因かもしれない…と思った。INTJは女性では人口の約0.8%という稀な性格タイプということで『天然記念物』と言われることもあるようだけれど、特殊な環境のなかで『突然変異』したのではないか?と思う。このタイプのなかには一定数、何か困難な中で生きてきた人がいるような気がする。

 私の子供の頃で言えば、INTJ(内向型・直観型・思考型・判断型)内向型なのは、家庭環境の影響で単純に人が怖かったから。直観型なのは、物事を判断する時に状況から読み取るのでは手遅れになるので、常に気配をうかがい、目の前の出来事の背景を読み取り、過去の経験や知り得る情報を繋ぎ合わせ、未来を予測し、何かの兆しを感じたら、瞬時に答えを出して行動する必要があったから。思考型なのは、危機的状況のなかでは感情を優先にしていたら動くことさえ出来ないから。生きるには最善策を考え速やかに実行する必要があったから。判断型なのは、不条理の中では、自分で物事を評価し決断する必要があったから。道理が通らないことを理解するのは困難なので、いつもあるのは解釈だった気がする。理解出来ないことに押しつぶされないように、自分なりにその物事をどう解釈してどのように具体的に対処するのか。私はそれを一番大事にしていた気がする。

 こんな事を話していると心が無いように思えるかもしれないけれど、反面、感じることをとても大切にしている。だって感情を味わうことは私にとっては贅沢なことだから。

 そして、ご同輩の皆さまには「この先も抜かりなく参りましょう。」との思いです。


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