天真爛漫な彼女とちょっと根暗な僕 9
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第九話
杏は自宅がすぐ近くなのをいいことに、一旦帰ってお泊りセットを持ってきたようだ。それから夕飯の支度。その支度中に放った杏の一言が僕を激しく動揺させた。
「ご主人、食べ頃の杏はいつ食べます? 食後のデザート? お風呂も入ってまったりしてから? 寝る前に食べるのもありですぜ」
何の芝居かよく分からないが淫靡な感じが漂う台詞に動揺してしまった。
夕飯は生姜焼きだった。だけど大好きなはずの生姜焼きも味なんか分からなかった。
竹本克哉の自宅
「カッチン、お風呂入れるよ~」
「杏が先に入れよ」
「カッチン、一緒に入らない? それとも後からこっそり来る? お風呂場を覗くってのもありかな? 私の下着なんかつまんじゃダメだからね」
「どれもしないよ」
「小さい頃はよく一緒にお風呂に入ったよ」
「大きくなってからは一緒に入ってないぞ」
「だから今夜は復活祭!!」
「何言ってんだよ、早く入ってこいよ」
「待ってるからね~」
また揶揄われた。それにしても揶揄うのに磨きがかかってきてないか?
ホントに変な気持ちになったらどうすんだよ杏。
「カッチン、上がったよ~。まだスッポンポンだけどどうぞ~」
「ちょっと聞くけど杏は僕に裸を見てほしいのか?」
「うん」
どうしてそこで「うん」なんだよ。
飲んだことないけどお酒でも飲みたい気分だよまったく。
「楽しみは後に取っておくことにするよ」
「じゃあ後でね」
「今夜ってことじゃないからな」
そこで顔を赤らめるなよ。
ホント素面ではやってられないわ。
風呂から上がると杏はテレビを見ていた。
僕の家なのに寛ぎすぎだろ。
「カッチン、何か飲む?」
「ビール」
「いいねそれ、ってダメでしょ」
「スッポンポンを見せんのは良くてビールはダメなのか?」
「スッポンポンはカッチンと私の間のこと。不純異性交友と言われるかもしれないけど私はOKだから。でもビールは法律違反だからダメ」
「固いんだか柔らかいんだか、じゃあアイスコーヒー」
杏が座ってた二人掛けのソファーに座る。
僕のためのアイスコーヒーを持ってきた杏が隣に座る。
二人でしばしテレビを観る。やけに距離が近い。
まだ宵の口だが、夜は徐々に更けてゆく。
「カッチン、何か聞きたいことがあるんでしょ?」
「杏も話したいことあるんだよな?」
「先にカッチンから聞かせて」
「ああ、この間心に決めた人がいるって言ってただろ? それは誰だろうって、ちょっと興味があってな」
「何だそんなことが聞きたかったの。というか今の今まで誰のことか分かってないなんて……カッチン、ちょっと、ううん、相当鈍いよね」
「杏の心に決めた人が誰かなんて誰とも話してないから分かるはずもないぞ」
「その辺りが鈍いっていうのよ」
鈍いって言われてもなぁ。
「私が言いたかったこととカッチンの聞きたかったことが同じみたいだから、この際はっきりさせておくわね。覚悟はいい?」
「覚悟がいるのか?」
「私の心に決めた人を発表するのよ、覚悟して聞いてくれないと」
「ちょっと待て、そんな大事な話を僕が聞いてもいいのか?」
「カッチンが聞かないで誰が聞くのよ」
幼馴染の行く末を見届ける義務でもあるのだろうか?
「私が心に決めた人はね、あなたよ、カッチン」
「杏、大事な話なんだろ? 茶化したり揶揄うのは止めろよ」
「前にも言ったけど、私はカッチンを揶揄ったことなんてない」
「じゃあ、心に決めた人が僕ってどういうことなんだよ?」
「そのままの意味だよ」
「そのままって……エ~ッ、僕?」
「やっと気付いてくれましたか。う~ん、長かったなぁホントに。鈍いにもほどがあるよ、カッチン」
「いつから?」
「小さい頃からだよ。初恋の相手がカッチンで、それからずっと好きな人もカッチンで、心に決めた人もカッチンで、これからもずっと一緒に居たいと思うのもカッチンなんだよ」
「他の人が気になったことは?」
「それはあるわよ。でも好きにはならなかった。何故なんだろうね」
「あれか、卵から孵った雛は最初に見たものを親と思うようなことか?」
「誰が卵から孵ったのよ」
「なんか突然のことで対応ができない。こういうのを青天の霹靂っていうのか」
「予測できてないところがとってもカッチンっぽいよ」
「それで僕はどうすればいい?」
「私の人生最大の発表をカッチンが受けるかどうかね。もちろんあなたの自由でいいのよ、私を悲しませてもいいのならね」
「それって……」
「ホントにカッチンの好きにしていいのよ。私は今まで待ったんだから少しくらい先延ばしになっても変わらないだろうし、仮に、仮にカッチンがイヤだと言っても好きでい続けられる自信もあるしね。答えはこの際置いといて、先に杏を食べるっていうのもなくはないよ」
「僕がそんなこと出来ると思うの?」
「私が無理やりチューするとか、押し倒すとか、もっと積極的になればカッチンはきっと受け入れてくれるんだよ」
それは否定できない。
人生最大のモテ期がこんな形で終わろうとは……。
だけど杏が相手なら問題なく先へ進めそうだな。
「一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「さっきこれから先もって言ってたけど、杏はどれくらい先まで考えてるんだ?」
「真剣に細かく考えているわけではないけれど、一生一緒にいたいと思ってるよ。だって初恋の人と結ばれて、一生を添い遂げるなんてちょっといいでしょ?」
「僕はまだそこまで考えられない。だからってダメってわけじゃない。杏の申し入れは快く受け入れようと思う。それでダメだろうか? これから先のことはじっくりと考えてみたい」
「なんか上から目線ね。まあいいわ」
「それで親や学校の友人たちにはどうする?」
「そうね、親はいつでもいいわ。友達関係に関してはカッチンは絶賛二人から告白されているから、早い目に手は打つべきね」
「分かった、そうしよう。それにしても杏を好きだと思ってる男子からは恨まれそうだなぁ」
「何言ってるの。そりゃあ私のことを好きでいてくれるのは有り難いけれど、それより私が好きなのは誰かってことの方が重要でしょ、きっと分かってくれるわよ」
「だといいけどね」
「それよりカッチン、晴れて恋人同士になったんだから、杏食べますか? 今夜は覚悟してきたんだけど」
「何言ってんだよ」
「じゃあキスくらいならどう?」
「それくらいなら……」
どうすればいいんだ? 散々映像は見てきたぞ。お前はそんなに学習能力が低かったのか? 一緒に風呂にも何度も入ったし、洗いっこしたこともあったし、同じベッドで眠ったことも度々あったし、ほっぺにチュッてしたことも何度もあるだろ、しっかりしろよ。
「杏だから正直に話すけど、こういうのって初めてなんだ」
「私だって初めてだよ」
正面から行けば鼻が当たる。勢いよく行けば歯が当たる。どうする?
ちょっと待て二人とも目を瞑ってどうすんだ。距離感が掴めないだろが。
目の前に杏の目を瞑った顔がある。
そうゆっくり、ゆっくり。近づいてきた。
「ただいま~」
母さんの声だ。母さんが帰ってきた。
「お帰り~」
「おば様、お帰りなさい~」
「杏チャンも来てたんだ。ひょっとして克哉の夕飯作ってくれたとか?」
「ハイ!!」
「今日は泊りって言ってなかったっけ?」
「その予定は来週だったみたいなのよね」
「連絡くれればよかったのに」
「連絡したわよ? あらやだ、文面だけ打って送ってないわ。今から送ろうか?」
「それって必要?」
「それで杏チャンはお泊り?」
「ハイ!! お母さんの了解ももらってます」
「じゃあ、お邪魔だったかしら」
「ハイ!!」
「杏チャン、うちの息子と仲良くしてくれるのはおばさんとっても嬉しいんだけど、克哉と長く一緒に居たいと思うんなら母親の私を味方にした方がいいと思うんだけどな」
「おば様、お疲れですよね。お風呂にします? それともビールとか?」
「お風呂にしようかな。あなたたちはもう入ったのよね?」
「ハイ!! 昔を懐かしんで一緒に入ろうって誘ったんですけど断られちゃって、ちゃんと別々に入りましたから。寝るのも同じ部屋がいいなぁって思うんですけど、一緒に寝るのはまだちょっと早いって言うか、お布団は別々の方がいいですよね」
杏、誰もそこまでは聞いてないから。
つづく
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