見出し画像

危機管理INSIGHTS Vol.10:スポーツ界の危機管理②-スポーツ団体ガバナンスコード-

1. はじめに-スポーツ団体ガバナンスコードとは?-

2022年に、スポーツ界において、東京五輪を巡る問題をはじめ、さまざまな不正・不祥事が発生したことはVol.9でも述べましたが、東京五輪に向けた準備を進めていた2018年頃も、スポーツ団体の助成金不正使用、ドーピング、選手へのハラスメント等、スポーツ界での不正・不祥事が発生しては大々的に報じられ、世論の批判の的になっていました。

このような社会的背景の下、スポーツ庁は、2018年12月20日に策定した「スポーツ・インテグリティの確保に向けたアクションプラン」において、スポーツ団体における自ら遵守すべき基準の作成等に資するよう(スポーツ基本法5条2項)、スポーツ団体ガバナンスコードを策定することを公表しました。

そして、スポーツ庁は、翌年の2019年6月10日付けで「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」(以下「中央競技団体向けコード」といいます。)を、同年8月27日付けで「スポーツ団体ガバナンスコード<一般スポーツ団体向け>」(以下「一般スポーツ団体向けコード」といいます。)をそれぞれ策定および公表しました。なお、スポーツ庁長官から2019年9月12日付けで「スポーツ団体ガバナンスコード<一般スポーツ団体向け>の適切な周知・運用に向けて」と題するメッセージが公表され、中央競技団体、一般スポーツ団体および地方公共団体のそれぞれの団体に向けて、一般スポーツ団体コードの適切な周知・運用を図るために取り組むべき事項が明らかにされています。

そもそも、スポーツ団体ガバナンスコードが対象とするスポーツ団体とは、「スポーツの振興のための事業を行うことを主たる目的とする団体」(スポーツ基本法2条2項)をいいますが、一口にスポーツ団体と言っても法人形態や業務内容等において多種多様です。

こうしたスポーツ団体の多様性を踏まえ、スポーツ団体ガバナンスコードは、中央競技団体向けコードと一般スポーツ団体向けコードの2種類のガバナンスコードを策定するとともに、団体の性質・特徴から、中央競技団体に対しては特に高いレベルのガバナンスが確保されるような仕組みを設けています。

2. 中央競技団体向けコードの概要

「中央競技団体」(National Sports Federation、NF)とは、中央競技団体向けコードにおいて、「国内において特定のスポーツを統括して広範な役割を担い、そのスポーツに関わる人々の拠りどころとなる団体」として定義されており、具体的には、以下の団体が中央競技団体向けコードの対象となるとされています。

  • 公益財団法人日本スポーツ協会に加盟する中央競技団体(※準加盟団体を含む。)

  • 公益財団法人日本オリンピック委員会に加盟する中央競技団体(※準加盟団体・承認団体を含む。)

  • 公益財団法人日本障がい者スポーツ協会に加盟する中央競技団体のうち、日本パラリンピック委員会に加盟する団体

中央競技団体は、対象スポーツに関する唯一の国内統括組織として多くのステークホルダーに対してさまざまな権限を行使でき、大きな社会的影響力を有するとともに、各種の公的支援を受けている等公共性の高い団体であることから、特に高いレベルのガバナンスの確保が必要とされています。

中央競技団体向けコードはこのような観点を踏まえ、中央競技団体が高いレベルのガバナンスを確保し、適切な組織運営を行う上での原則・規範を定めるとともに、各中央競技団体に対し、中央競技団体向けコードの遵守状況について具体的かつ合理的な自己説明を行い、これを公表するよう求めています。

遵守状況の自己説明は、以下の図に従って行うことになります。

スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード <中央競技団体向け>」5頁

このように、遵守状況の自己説明は、個々の原則・規定ごとに、①遵守している、②遵守できていない、③適用されない(遵守する必要がない)のいずれかの類型に分類され、それぞれの類型に従った説明をする必要があります。

そして、中央競技団体向けコードが定める原則は以下のとおりです(13原則)。

原則1 組織運営等に関する基本計画を策定し公表すべきである。
原則2 適切な組織運営を確保するための役員等の体制を整備すべきである。
原則3 組織運営等に必要な規程を整備すべきである。
原則4 コンプライアンス委員会を設置すべきである。
原則5 コンプライアンス強化のための教育を実施すべきである。
原則6 法務、会計等の体制を構築すべきである。
原則7 適切な情報開示を行うべきである。
原則8 利益相反を適切に管理すべきである。
原則9 通報制度を構築すべきである。
原則10 懲罰制度を構築すべきである。
原則11 選手、指導者等との間の紛争の迅速かつ適正な解決に取り組むべきである。
原則12 危機管理及び不祥事対応体制を構築すべきである。
原則13 地方組織等に対するガバナンスの確保、コンプライアンスの強化等に係る指導、助言及び支援を行うべきである。

このうち、原則12については、以下のポイントが列挙されており、企業における危機管理にも通底する対応の勘所が示されています。

  • 有事のための危機管理体制を事前に構築し、危機管理マニュアルを策定すること

  • 不祥事が発生した場合は、事実調査、原因究明、責任者の処分及び再発防止策の提言について検討するための調査体制を速やかに構築すること

  • 危機管理及び不祥事対応として外部調査委員会を設置する場合、当該調査委員会は、独立性・中立性・専門性を有する外部有識者(弁護士、公認会計士、学識経験者等)を中心に構成すること

3. 一般スポーツ団体向けコードの概要

「一般スポーツ団体」とは、「一般団体向けコードにおいて、中央競技団体に該当しないスポーツ団体」と定義されています。

一般スポーツ団体は、一般スポーツ団体向けコードの各原則・規定に照らして自らのガバナンスの現況について確認するとともに、その遵守状況について自己説明および公表を行うことが望まれるとされています。

一般スポーツ団体コードが定める原則は以下のとおりです(6原則)。

原則1 法令等に基づき適切な団体運営及び事業運営を行うべきである。
原則2 組織運営に関する目指すべき基本方針を策定し公表すべきである。
原則3 暴力行為の根絶等に向けたコンプライアンス意識の徹底を図るべきである。
原則4 公正かつ適切な会計処理を行うべきである。
原則5 法令に基づく情報開示を適切に行うとともに、組織運営に係る情報を積極的に開示することにより、組織運営の透明性の確保を図るべきである。
原則6 高いレベルのガバナンスの確保が求められると自ら判断する場合、ガバナンスコード<中央競技団体向け>の個別の規定についても、その遵守状況について自己説明及び公表を行うべきである。

4. 適合性審査

以上のとおり、中央競技団体においては、中央競技団体向けコードの遵守状況について自己説明および公表が求められているのに対し、一般スポーツ団体においては、一般スポーツ団体向けコードの遵守状況について自己説明および公表することが望ましいとされています。

これに加え、中央競技団体に対しては、スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>適合性審査運用規則に基づき、公共財団法人日本スポーツ協会(JSPO)、公共財団法人日本オリンピック委員会(JOC)、公共財団法人日本パラスポーツ協会(JPSA)のスポーツ統括団体によって、4年ごとに適合性審査が実施され、その結果が公表されることになっています。

適合性審査のスキームは下図のとおりです。

日本スポーツ協会(JSPO)「スポーツ団体ガバナンスコード

適合性審査において、不適合があると判断された場合には翌年度に競技力向上事業助成金の申請ができないことになります。

また、適合性審査において、要改善事項(審査委員会が「現時点で審査項目に十分に対応していないことにより、近い将来、著しく組織運営に支障をきたしかねない」と判断した項目)があるとされた場合には、翌年度に改善状況が審査(再審査)されることになり、更にそこで未改善と評価された場合には、翌々年度の競技力向上事業助成金が20%減額される可能性がありますので注意が必要です。

【参照リンク】
文部科学省「スポーツ団体ガバナンスコードの適合性審査の評価結果等の『競技力向上事業助成金』交付への活用に係る経緯


Authors

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

弁護士 中村 朋暉(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2022年弁護士登録(第二東京弁護士会)、一橋大学法科大学院学修アドバイザー。
三浦法律事務所の新卒第1期生として2022年4月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、訴訟・紛争等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?