危機管理INSIGHTS Vol.9:スポーツ界の危機管理①-スポーツ界における不祥事を防ぐには?-
1. はじめに-スポーツ界の光と影-
スポーツ界の出来事は、良いことも悪いことも大きくクローズアップされます。オリンピックなどの世界的な大会の盛り上がり、好記録や好プレイ、選手の頑張りなどが報じられ、人々に興奮や感動をもたらしてくれることは言うまでもありません。また、2022年12月7日、経済産業省とスポーツ庁は、共同で立ち上げた「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」での検討結果を踏まえ、「スポーツDXレポート-スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会-」を公表しており、スポーツDX(デジタルトランスフォーメーション)による事業環境の変化を踏まえた新たな時代の仕組みづくりが進みつつあります。
他方、スポーツ界における不正や不祥事も大々的に報道で取り上げられてしまうこともまた事実です。2022年は東京五輪をめぐる贈賄・談合の疑惑が大きく報道されましたが、その他にも、スポーツの協会における横領、不正経理、指導者によるアスリート等へのハラスメントなど、多種多様な不祥事が報じられました。
2022年11月に、大規模な国際または国内競技大会の組織委員会等のガバナンス体制や情報公開の在り方を検討するため、スポーツ政策の推進に関する円卓会議の下に、「大規模な国際又は国内競技大会の組織委員会等のガバナンス体制等の在り方検討プロジェクトチーム」が設置されました。
今回は、スポーツ界における不祥事を予防するための方策について検討します。
2. スポーツ界における不祥事の分類
少し古い資料になりますが、2018年3月8日にスポーツ競技団体のコンプライアンス強化委員会は「平成29年度スポーツ庁委託事業 スポーツ界のコンプライアンス強化事業 コンプライアンスに関する現況評価に関する調査研究 スポーツ界におけるコンプライアンス強化ガイドライン 不祥事対応事例集」を公表しました。
同事例集では、以下のとおり不祥事の類型が整理されています。
これらの類型を分析すると、(ⅰ)一般企業でも発生し得る不祥事がスポーツ団体において発生するケース、(ⅱ)一般企業でも発生し得る不祥事にスポーツ界特有の事情が加わるケース、及び(ⅲ)スポーツ界特有の不祥事が発生するケースの3つに整理できます。
(ⅰ)としては、不正経理、情報隠蔽、個人情報保護法違反などが挙げられます。
(ⅱ)としては、ハラスメント、体罰などが挙げられます。スポーツの世界における指導者と選手、監督と選手の関係性は、企業における上司・部下とは異なる特殊性(指導や育成を行う立場と受ける立場という側面や、指導者や監督が複数選手のうち一部をレギュラーや大会参加者として選抜するという関係性)があるところ、一般企業におけるハラスメント等とは異なる背景事情や原因が存在することが想定されます。
(ⅲ)としては、八百長、アンチ・ドーピング、スポーツ事故、故意の反則などが挙げられます。
3. スポーツ界における不祥事の予防策
上記のとおり、一般企業でも発生し得る不祥事がスポーツの協会やチームでも発生していることもあり、これについては、一般企業における不祥事の予防策が有効な打ち手になります。具体的には、コンプライアンス研修、社内規程の整備・周知、内部統制の整備(モニタリング等)、実効的な内部通報制度の運用等が考えられます。
他方、スポーツ界特有の不祥事については、上記に加えてスポーツ界固有の不祥事予防策を考える必要があります。
第1に、スポーツ選手など個人に着目した場合、各々の「スポーツ・インテグリティ」を強化することが必要となります。「インテグリティ」(Integrity)は、直訳すると完全性、高潔さといった意味ですが、スポーツの世界では「誠実性・健全性・高潔性」という意味と捉えられています(2018年6月15日付けスポーツ庁長官メッセージ「我が国のスポーツ・インテグリティの確保のために」)。
例えば、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のウェブサイトでは、スポーツにおける「インテグリティ」とは、「スポーツが様々な脅威により欠けることなく、価値ある高潔な状態」と定義した上で、ドーピングや八百長、スポーツ指導における暴力、ハラスメント、ガバナンスの欠如などを「インテグリティ」を脅かす問題として列挙しています。
スポーツの協会や団体、チームなどが構成員や選手に対し、「スポーツ・インテグリティ」の意味や大切さについて、研修などを通じてきちんと理解してもらうことが重要です。
第2に、上記のとおり、指導者や監督と選手の間には特殊な人的関係があるところ、指導者や監督については組織を率いる立場として、特に高いスポーツ・インテグリティの意識と自覚を持つ必要があります。スポーツの協会や団体としては、指導者や監督に対する特別な研修プログラムを用意するなどして、適切なリスクマネジメントを行うことが重要です。
第3に、チーム・団体については、監督による選手に対する問題行為、選手個人による問題行為、組織内における不正行為等が発生していないかをきちんとモニタリングする仕組み・体制を構築することが重要です。
この点に関し、公益財団法人日本スポーツ協会に加盟する中央競技団体(※準加盟団体を含む。)、公益財団法人日本オリンピック委員会に加盟する中央競技団体(※準加盟団体・承認団体を含む。)、公益財団法人日本障がい者スポーツ協会に加盟する中央競技団体のうち、日本パラリンピック委員会に加盟する団体については、スポーツ庁の2019年6月10日付け「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」が定められています。
また、上記以外のスポーツ団体(「スポーツの振興のための事業を行うことを主たる目的とする団体」(スポーツ基本法2条2項))については、スポーツ庁の2019年8月27日付け「スポーツ団体ガバナンスコード<一般スポーツ団体向け>」が定められています。
スポーツ団体ガバナンスコードについては、次回の記事で解説します。
Authors
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
弁護士 中村 朋暉(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2022年弁護士登録(第二東京弁護士会)、一橋大学法科大学院学修アドバイザー。
三浦法律事務所の新卒第1期生として2022年4月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、訴訟・紛争等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
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