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ESG・SDGs UPDATE Vol.7:「ビジネスと人権」の基礎③-「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の公表-

1. はじめに

経済産業省の設置した「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」は2022年8月8日、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」を公表し、同月29日まで本ガイドライン案に対するパブリックコメントを実施しました。

そして、同年9月13日に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が公表されました(「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」に報告し、同会議において、本ガイドラインが日本政府のガイドラインとして決定されました。)。
上記のパブリックコメントにおいては、131の個人・団体から、706件に及ぶ膨大な意見が寄せられており、本ガイドラインへの関心の高さがうかがえます。

【参考リンク】
・ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月)

・経済産業省 大臣官房 ビジネス・人権施策調整室「『責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)』に係る意見募集の結果について」(2022年9月13日)

2. 本ガイドラインの位置づけ

本ガイドラインは、法的拘束力を有するものではありませんが、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則:国連『保護、尊重及び救済』枠組みの実施」(ビジネスと人権に関する指導原則:国連「保護、尊重及び救済」枠組みの実施(仮訳))をはじめとする国際スタンダードを踏まえ、企業による人権尊重の取組を解説・促進する目的で策定されたものであり、人権尊重の重要性が高まる企業法務の実務において、注目すべきガイドラインといえます。

3. 本ガイドラインの対象

本ガイドラインの対象企業は、「日本で事業活動を行う全ての企業」であり、個人事業主を含むとされています。

そして、対象企業は「国内外における自社・グループ会社、サプライヤー等」の人権尊重の取組に最大限努めるべきであると定められています。

「サプライヤー等」については、以下の説明がなされています。

サプライヤー等:サプライチェーン上の企業及びその他のビジネス上の関係先をいい、直接の取引先に限られない。

サプライチェーン:自社の製品・サービスの原材料や資源、設備やソフトウェアの調達・確保等に関係する「上流」と自社の製品・サービスの販売・消費・廃棄等に関係する「下流」を意味する。

その他のビジネス上の関係先:サプライチェーン上の企業以外の企業であって、自社の事業・製品・サービスと関連する他企業を指す。具体的には、例えば、企業の投融資先や合弁企業の共同出資者、設備の保守点検や警備サービスを提供する事業者等が挙げられる。

4. 人権の範囲

本ガイドラインでは、企業が尊重すべき「人権」は、国際的に認められた人権をいうとされています。国際的に認められた人権には、少なくとも国際人権章典で表明されたもの、および「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則が含まれるとされています。

人権の範囲については、本ガイドラインでは以下の点が指摘されているところ、人権尊重の取組を行う前提として理解を深める必要があります。

・日本国内において日本国憲法が保障する人権が尊重されるべきことは当然である。

・国際的に認められる人権は、国際的な議論の発展などによって拡大し得る。

・一般論としては、人権の保護の弱い国・地域におけるサプライヤー等においては、人権への負の影響の深刻度が高いと言われる強制労働や児童労働などには特に留意が必要であり、優先的な対応をすることも考えられる。

・国際的に認められた人権であるかどうかにかかわらず、各国の法令で認められた権利や自由を侵害してはならず、法令を遵守しなければならないことは当然であることに留意が必要である。

・他方で、各国の法令を遵守していても、人権尊重責任を十分に果たしているといえるとは限らず、法令遵守と人権尊重責任とは、必ずしも同一ではない。特に、ある国の法令やその執行によって国際的に認められた人権が適切に保護されていない場合においては、国際的に認められた人権を可能な限り最大限尊重する方法を追求する必要がある。

ビジネスと人権の文脈における「人権」については、Vol.4をご参照ください。

5. 本ガイドラインの要求する取組

そして、企業に求められる具体的な取組として、以下の全体像が示されています。

出典:「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」7頁

なお、各取組については以下の説明がなされています。人権デュー・ディリジェンス(人権DD)については、Vol.6をご参照ください。

人権方針:企業が、その人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)を企業の内外のステークホルダーに向けて明確に示すものである。

人権DD:企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為を指す。その性質上、人権侵害が存在しないという結果を担保するものではなく、ステークホルダーとの対話を重ねながら、人権への負の影響を防止・軽減するための継続的なプロセスである。

救済:人権への負の影響を軽減・回復すること及びそのためのプロセスを指す。

そして、人権尊重の取組にあたっての考え方として、以下の5つが示されています。

① 経営陣によるコミットメントが極めて重要である
② 潜在的な負の影響はいかなる企業にも存在する
③ 人権尊重の取組にはステークホルダーとの対話が重要である
④ 優先順位を踏まえ順次対応していく姿勢が重要である
⑤ 各企業は協力して人権尊重に取り組むことが重要である

各取組に関する各論については、人権方針(本ガイドライン12~14頁)、人権DD(本ガイドライン14~28頁)、救済(本ガイドライン29~31頁)それぞれについて詳細に説明がなされています。

特に、人権DDについては、(ⅰ)負の影響の特定・評価、(ⅱ)負の影響の防止・軽減、(ⅲ)取組の実効性の評価、(ⅳ)説明・情報開示という小項目を立てて、具体的なプロセスなどについて詳述しています。また、(ⅰ)負の影響の特定・評価については「脆弱な立場にあるステークホルダー」や「紛争等の影響を受ける地域における考慮」、(ⅱ)負の影響の防止・軽減については、「紛争等の影響を受ける地域からの『責任ある撤退』」などの重要かつ悩ましい論点について、具体例を交えながら説明がなされています。

本ガイドラインは、人権方針の策定や人権DDなどを検討する際のスタートラインとなるものであり、企業にとっては非常に重要性の高いものと言えます。


Authors

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
ESG・SDGsプラクティスグループ創設メンバーとして「今企業に求められるESGのグランドデザイン-取組・開示・表示の勘所-」(三浦法律事務所、ウエストロー・ジャパン、トムソン・ロイター(共催))セミナーに登壇するなど、ESG/SDGs分野にも注力している。

弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、知的財産、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。

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