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ESG・SDGs UPDATE Vol.4:「ビジネスと人権」の基礎①ー「ビジネスと人権」の文脈における「人権」とは?ー

1. はじめに

最近、ESGやSDGsへの意識の高まりの中で「ビジネスと人権」、「人権デュー・ディリジェンス」といった言葉を耳にする機会が増えてきたように思います。

実際、中国新疆ウイグル自治区での問題、ミャンマーのクーデター、ロシアのウクライナ侵攻などの「人権リスク」を踏まえて、国際的なサプライチェーンを通じた原材料の調達や海外拠点でのビジネスを続けるべきかという問題に直面した企業も多いのではないでしょうか。

また、国内に目を向けても、人権への配慮を欠いた企業や個人の行動が世論やマスコミから厳しく非難される場面が増えており、多くの企業において、自社の体制などが人権尊重の観点から問題ないかを見直す必要性が高まっています。

このように、国内外を問わずビジネスシーンにおいて日に日に重要度を増す「ビジネスと人権」というテーマに関する理解を深めるため、本稿ではまず、「ビジネスと人権」というテーマを理解する上での前提知識となる「人権」について解説します。

2. そもそも「人権」とは?

(1)「人権」の定義

そもそも、「人権」とは何でしょうか?

「人権」という言葉は、日本国憲法の三大原則の1つである「基本的人権の尊重」という用語に含まれており、小学校でも学ぶ概念です。もっとも、いざ定義を問われると端的に答えるのは難しいかもしれません。

憲法学の世界では、以下のような定義づけがなされています。

・「基本的人権(fundamental human rights)は、人権(human rights)ないし基本権(fundamental rights)などとも呼ばれ、信教の自由、言論の自由、職業選択の自由などの個別的人権を総称することばである。」(芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法(第7版)』75頁(岩波書店、2019))

・「基本的人権とは、人間が社会を構成する自律的な個人として自由と生存を確保し、その尊厳性を維持するため、それに必要な一定の権利が当然に人間に固有するものであることを前提として認め、そのように憲法以前に成立していると考えられる権利を憲法が実定的な法的権利として確認したもの」(同書82頁)

少し難しい定義ですが、「ビジネスと人権」という文脈でのポイントは「当然に人間に固有するもの」、「憲法以前に成立していると考えられる権利を憲法が実定的な法的権利として確認したもの」という部分であると考えます。

つまり、各国の憲法で定めることで初めて人権というものが発生するわけではなく、人間である以上当然に持っている権利が人権であると捉えると、国家を跨いだグローバルビジネスにおける人権保護の必要性が理解しやすくなると思います。

(2)「ビジネスと人権」に関する指導原則における定め

「ビジネスと人権」という分野を学ぶ際には、2011年の国連人権理事会で指示された「ビジネスと人権に関する指導原則:保護、尊重及び救済の枠組みにかかる指導原則」(Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework。以下「指導原則」といいます。)を押さえておく必要があります。指導原則では、人権を保護する国家の義務とともに、「人権を尊重する『企業の』責任」が定められています。

出典:外務省パンフレット「ビジネスと人権とは? ビジネスと人権に関する指導原則」3頁

【参考リンク】
Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework

ビジネスと人権に関する指導原則:保護、尊重及び救済の枠組みにかかる指導原則(仮訳)

指導原則では、「Ⅱ 人権を尊重する企業の責任」「A 基本原則」の12において、「人権を尊重する企業の責任は国際的に承認された人権に拠っているが、それは少なくとも、国際人権章典や労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言に規定されている基本的権利に関する原則等に表明されている人権と理解される。」と明記されています。

国際連合広報センターのウェブサイトによると、「国際人権章典」(International Bill of Rights)は、「世界人権宣言、二つの国際人権規約、市民的、政治的権利に関する国際規約への第一及び第二選択議定書」によって構成されています。

ここでいう「二つの国際人権規約」とは、「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)と「市民的、政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)を意味しています。世界人権規約や国際人権規約などの全文は、下記外務省のウェブサイトにて和文での仮訳と併せて確認できます。

【参考リンク】
国際連合広報センター「国際人権章典」
外務省ウェブサイト「世界人権宣言」
外務省ウェブサイト「国際人権規約」

「労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言」については、国際労働機関のウェブサイトにおいて、日本語での仮訳が記載されています。

【参考リンク】
国際労働機関ウェブサイト「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言とそのフォローアップ」

さらに、国際人権章典や労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言に規定されている基本的権利に関する原則は、例示列挙と解されており、これらの内容だけを遵守していれば人権を尊重する企業の責任を十分に果たしたことになるわけではありません。

例えば、国連の公表している「FREQUENTLY ASKED QUESTIONS ABOUT THE GUIDING PRINCIPLES ON BUSINESS AND HUMAN RIGHTS」のQ28 では、企業による人権尊重責任に関する「Which human rights are relevant and why?」という質問に対し、「Because companies can have an impact on virtually the entire spectrum of internationally recognized human rights, their responsibility to respect applies to all such rights. At a minimum, this means the rights enshrined in the Universal Declaration of Human Rights; in the two International Covenants on civil and political and on economic, social and cultural rights; and in the ILO Declaration on Fundamental Principles and Rights at Work, which covers the eight core ILO conventions. Depending on the context, including where companies pose risks to individuals belonging to specific groups or populations that require particular attention, they may need to consider additional international human rights standards. For example, companies that may have an impact on the rights of children should also look to the specific rights enshrined in the Convention on the Rights of the Child.」という回答がなされており、外務省作成の仮訳では、上記回答の第2文を「企業が特に注意すべき、特定のグループや個人にリスクをもたらす場合といった状況に応じて、追加の国際人権基準を考慮に入れる必要があるかもしれません。例えば、子どもの権利に影響を与える可能性のある企業は、児童の権利に関する条約にうたわれている権利にも目を向けるべきです。」と和訳しています(児童の権利に関する条約については、下記外務省ウェブサイト内で全文を確認できます)。

【参考リンク】
FREQUENTLY ASKED QUESTIONS ABOUT THE GUIDING PRINCIPLES ON BUSINESS AND HUMAN RIGHTS

外務省ウェブサイト「国連の『ビジネスと人権に関する指導原則』に関するよくある質問 ~企業の尊重責任~」

外務省ウェブサイト「児童の権利に関する条約」

これらの条約では、多くの人権について規定が置かれていますが、ビジネスの観点からは、特に労働関連の規定(強制労働の禁止、児童労働の実効的な廃止、雇用及び職業における差別の排除等)については、理解を深める必要があります。

(3)「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」における骨子案

日本国内においても、「ビジネスと人権」に関する取組が活発化しております。中でも2022年3月に、経済産業省に「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」(以下「検討会」といいます。)が設置されたことは注目に値します。

検討会では、今夏を目途に①国連指導原則をはじめとする国際スタンダードに則ったもの、②人権尊重に関する具体的な取組方法が分からないという企業の声に応えたものという2つを満たすような「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」案を取りまとめることが想定されています。

【参考リンク】
2022年3月付け経済産業省「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会の設置について」

第3回の検討会において、「ガイドライン骨子案(議論のたたき台)」という資料が公表されていますが、当該骨子案の2.1.2.2において「人権DDにおける 『人権』とは、国際的に認められた全ての人権を指す。そして、国際的に認められた人権には、例えば、強制的な労働や児童労働に服さない自由、居住移転の自由、結社の自由、団体交渉権がある。」という定義づけがなされています(当該骨子案はたたき台であるため、今後内容が変更される可能性がある点はご留意ください)。

【参考リンク】
経済産業省「第3回 サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」

3. まとめ

企業法務やESG対応の担当者にとって「人権」というフィールドは、従前あまりなじみがなかったかもしれません。

しかし、グローバルでの人権意識の高まりや不安定な国際情勢、日本国内における「ビジネスと人権」に関する取組の活発化、EUなどを中心とする人権デュー・ディリジェンス義務化の動きなどに鑑み、今後「ビジネスと人権」という分野の重要性は飛躍的に重要性が高まることが想定されます。

今回は前提知識としての「人権」について解説しましたが、本連載では、今後数回にわたり、「人権デュー・ディリジェンス」の解説など、「ビジネスと人権」の基礎事項を説明していきます。

読者の皆様が「ビジネスと人権」への理解を深めるために、本連載が少しでもお役に立てますと幸いです。


Authors

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
ESG・SDGsプラクティスグループ創設メンバーとして「今企業に求められるESGのグランドデザイン-取組・開示・表示の勘所-」(三浦法律事務所、ウエストロー・ジャパン、トムソン・ロイター(共催))セミナーに登壇するなど、ESG/SDGs分野にも注力している。

弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、知的財産、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。

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