ESG・SDGs UPDATE Vol.6:「ビジネスと人権」の基礎②-人権デュー・ディリジェンスとは?-
1. はじめに
ESG・SDGs UPDATE Vol.4では、ビジネスシーンにおいて日々重要度を増す「ビジネスと人権」に関し、その前提知識となる「人権」の内容について解説しました。そして、「ビジネスと人権」を考える上で欠かせないキーワードの1つに「人権デュー・ディリジェンス」(以下「人権DD」といいます。)というものがあります。
人権DDについては、ここ数年国内外において注目が高まっており、例えば、法務省がビジネスと人権に関して企業に求められるさまざまな事項とともに、人権DDの進め方等を記載した報告書を公表しています。
そこで本稿では、人権DDのポイントを説明した上で、なぜこれほど注目を浴びているのか、その理由の一端を明らかにします。
2. デュー・ディリジェンス(DD)とは?
人権DDのうち、「人権」についてはVol.4で解説したとおりです。それでは、「デュー・ディリジェンス」(DD)とは何でしょうか?
「デュー・ディリジェンス」(DD)という単語は、企業の経営企画部や法務部に所属されている方は耳にしたことがあるかもしれませんが、一般にはあまり馴染みのない単語だと思われます。英語表記すると「Due Diligence」、文字どおり直訳すると「然るべき勤勉さ」、「当然の努力」となりますが、ビジネス法務の世界では、M&Aを行う際、M&Aのストラクチャーや買収対象企業の価値評価に反映させる事項の有無、M&A実行に際して条件とすべき事項等を把握する目的で、法務、会計、税務その他の観点から、買収対象企業の事業内容、資産内容について実施する監査のことを指します(玉井裕子編『合併ハンドブック第4版』(商事法務、2019年)56頁、酒井竜児編著『会社分割ハンドブック第3版』(商事法務、2021年)171頁等参照)。
「デュー・ディリジェンス」(DD)は、調査対象とするリスクの種類によって次のように分類され、このうち買収対象企業に関する法的リスクを精査する法務DDについては、下記のようにいくつかのパートに分けて調査するのが通例です。
3. M&Aにおける法務DDと「ビジネスと人権」における人権DDの違い
上記のビジネス法務・M&Aの文脈での「デュー・ディリジェンス」(DD)の用法に慣れている方からすると、人権DDはM&Aに際し、法務DDのパートの1つとして買収対象企業に関する人権リスクを調査することであると思われるかもしれません。しかし、「ビジネスと人権」の文脈における人権DDは、M&Aにおける法務DDとはさまざまな点で異なります。人権DDの詳細は下記4で解説しますが、両者の相違点を整理すると下記表のとおりとなります。総じて、M&Aにおける法務DDが買収対象企業に限定した、一度きりかつ守秘性の高い調査であるのに対し、人権DDはより広い範囲の関係者を対象に継続的な調査と調査結果の公表を行うものである点に違いがあります。
4. 人権DDのポイント
(1)人権DDの定義と概要
まず、人権DDの定義ですが、Vol.4でも触れた国連の「ビジネスと人権に関する指導原則:保護、尊重及び救済の枠組みにかかる指導原則」(Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework)(以下「指導原則」といいます。)では、次のように説明されています。
要約すると、企業のビジネス活動を通して生じ得る人権への悪影響(人権リスク)を特定・評価し、当該人権リスクへの対策(社内研修や調達先管理等)を講じた上で、その効果を検証するとともに実施している対応策等を外部に公表することを継続的に繰り返し実施する手続が人権DDということになります。詳細については、冒頭に紹介した法務省の報告書において下記表とともに記載されています。
(2)人権DDの特徴
このような人権DDの大きな特徴の1つとして、自社による人権侵害だけでなく、他社による人権侵害についても責任を負う可能性があるという点が挙げられます。これは指導原則における「人権への悪影響」の意義に関連します。
人権DDを行う際、企業はまず自社のビジネスにおける「人権への悪影響」を特定・評価する必要がありますが、「人権への悪影響」が生じるパターンとして、指導原則ではおおむね3つの類型が挙げられています。
上記のうち②と③のとおり、人権DDの文脈においては、企業は自社が生じさせていない人権への悪影響(上記②または③)についても、自社のビジネスに関するリスクとして特定し、何らかの対策を講じるべきという点が人権DDのポイントです。特に海外にまで自社のサプライチェーンを有する企業にとっては対応すべきリスクの範囲が大幅に拡大することになります。このような発想の新規性や企業に与える影響の大きさが、昨今これほど人権DDが注目されている理由の一端であると思われます。
5. まとめ-人権DDの現状-
以上のとおり、実務への影響が注目される人権DDですが、経産省が2021年11月に実施した調査によれば(経済産業省・外務省「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査 集計結果(2021年11月)」(以下、「本調査」といいます。))、回答企業760社の約半分が人権DDを実施しているものの、そのほとんどは自社に関する人権DDに留まっており、上記4で述べたような他社に対する人権DD(自社の直接仕入先に対する人権DD:760社のうち約32%、当該直接仕入先の仕入先(間接仕入先)を対象とする人権DD:760社のうち約13%)は、未だ十分に普及しているとはいえないのが現状です(本調査7頁)。
これは外国と異なり、日本では人権DDの実施が法律によって義務付けられていないことも関係すると思われますが(例えばEUの状況についてBUSINESS LAWYERS「【連載】Legal Update:第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント」参照)、そのほか本調査においては、サプライチェーン上における人権尊重の対応状況を評価する手法が確立されていない等、取組方法に関する課題も指摘されているところです(本調査14頁)。この点、日本においてもVol. 4のとおり、経済産業省の「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」においてサプライチェーンにおける人権DDのガイドラインが検討されている最中であり、今後の動向が注目されます。
Authors
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
ESG・SDGsプラクティスグループ創設メンバーとして「今企業に求められるESGのグランドデザイン-取組・開示・表示の勘所-」(三浦法律事務所、ウエストロー・ジャパン、トムソン・ロイター(共催))セミナーに登壇するなど、ESG/SDGs分野にも注力している。
弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、知的財産、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。
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