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ESG・SDGs UPDATE Vol.11:「ビジネスと人権」の基礎⑥-農林水産省「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き」の公表


1. はじめに

2023年12月25日に農林水産省は、食品企業における人権尊重の取組を後押しすることを目的として、「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き」(以下、特段の記載のない限り、本編を「本手引き」といいます。)を公表しました。

すでに、本連載でご紹介したとおり、日本政府は、2022年9月13日に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「人権ガイドライン」といいます。)を公表しました。人権ガイドラインは法的拘束力を持ったいわゆるハードローではなく、人権方針の策定、人権デュー・ディリジェンスおよび救済といった人権尊重の取組を企業が行うよう促進するソフトローと考えられています。

人権ガイドラインの公表を受け、経済産業省が2023年4月14日に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(以下「実務参照資料」といいます。)を公表しました。実務参照資料は、人権ガイドラインに沿って取組を行う企業がまず検討する、「人権方針の策定」や「人権への負の影響(人権侵害リスク)の特定・評価」について解説や事例を掲載した上で、サプライチェーン上のどこに高いリスクがあるかを洗い出すステップを解説し、そのための参考資料を提供しています。

人権ガイドラインおよび実務参照資料については、下記記事をご参照ください。

【参照リンク】
ESG・SDGs UPDATE Vol.7:「ビジネスと人権」の基礎③-「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の公表

ESG・SDGs UPDATE Vol.8:「ビジネスと人権」の基礎④-「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の公表

本手引きはこれらに続く公的機関が公表する人権尊重の取組に関する資料であり、食品企業のご担当者の方はもちろんのこと、それ以外の分野においてESGやビジネスと人権について担当されている方にとっても参照する価値の高い資料と言えます。本稿では、本手引きの概要と活用方法について解説します。

2. なぜ食品企業向けの手引きが必要なのか?

人権ガイドラインは、企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う、個人事業主を含む全ての企業が適用対象とされていましたが(人権ガイドライン1.3)、なぜ今回食品企業向けの手引きが別途作成されたのでしょうか?

この点に関し、本手引き2頁では、「特にサプライチェーンが多く、生産・製造・流通・小売まで広く関係する食品産業における人権尊重の取組は、リスク管理やESG投資への対応として重要であることはもちろん、少子高齢化で労働力人口が減少する中で、我が国の食品産業が雇用を確保し生き残る道でもあります。そのため、政府ガイドラインで示された内容について、食品産業(主に食品製造業)において実際に取り組めるように、手引きを作成しました。」と述べています。

ポイントは、(ⅰ)食品産業におけるサプライチェーンの長大さ・複雑さと(ⅱ)サプライチェーン内における人権侵害リスクの高さという点です。
一般的に、食品産業では、原材料(農作物・畜産物、水産物等)の生産、加工品の製造・流通、小売りに至るまで、多数の企業が介在しており、そのサプライチェーンは長大かつ複雑であることが多く、かつとりわけ日本においては原材料を海外から輸入するケースも多いと考えられます。

その結果、強制労働・児童労働といった人権問題が指摘されている新興国での農作物の生産の場面などがサプライチェーンの中に含まれる可能性が高く、人権尊重の取組によりこういった人権問題を発見し、対策を講じる必要性が相対的に高い産業分野と評価せざるを得ない側面があります。

本手引き5頁では、「食品企業を取り巻く環境」として、自社や下請先等労働者の人権尊重と調達先労働者の人権尊重、人権尊重の取組の取引条件化といった背景事情を指摘し、以下の図を用いて上記のポイントを視覚的に分かりやすく紹介しています。

(出典)本手引き5頁

また、人権デュー・ディリジェンスの「負の影響の特定・評価」のプロセスにおけるリスクが重大な事業領域の特定(ステップ①)として、以下の表の形で、食品産業にフォーカスした形でリスクの例を紹介しています(本手引き16頁)。

(出典)本手引き16頁

3. 本手引きおよび別添等の全体像

まず、本手引きは、本編と併せて、以下の資料が公表されています。

本編:食品企業向け人権尊重の取組のための手引き
・ 食品企業向け人権尊重の取組のための手引き 別添1
・ 食品企業向け人権尊重の取組のための手引き 別添2 PDF版
・ 食品企業向け人権尊重の取組のための手引き 別添2 Excel版
・ 食品企業向け人権尊重の取組のための手引き 参考資料編

(1)本編

このうち、本編については、下記目次において詳細な全体像が一覧性のある形でまとまっています。

(出典)本手引き3頁

このうち、「2 なぜ人権尊重に取り組む必要があるのか」という章では、人権とは何か、なぜ人権尊重に取り組む必要があるのか(誰が、誰の人権尊重に取り組むのか)、人権に関するリスクとは何を意味するのか、企業が人権尊重に取り組まないとどうなるのか、といった「ビジネスと人権」というフィールドのはじめの一歩と考えられる論点につき、人権ガイドラインを引用しつつ、分かりやすさを重視し、図表やイラストを多用してまとめています(本手引き4-7頁)。

また、「4 人権尊重の取組の全体像」という章は、人権ガイドラインの整理している人権尊重の取組の3本柱である、①人権方針の策定、②人権デュー・ディリジェンス、および③救済というフレームワークに沿った形で構成されています。

そして、この部分でも人権ガイドラインや実務参照資料の表現をかみ砕いたり、具体例を入れ込んだり、図表にまとめたりするなどして、初めて人権尊重の取組を行う企業担当者でも理解しやすい形にアレンジして解説がなされています。

(2)別添1(各人権に関するリスクへの取組において意識すべきポイント)

別添1は、「各人権に関するリスクへの取組において意識すべきポイント」と題して、食品産業でとりわけ重要と思われる以下の13項目について、(ⅰ)リスクの内容、(ⅱ)各人権に関するリスクへの取組において意識すべき項目例、および(ⅲ)取組のヒントを簡潔にまとめています。
① 強制労働の禁止
② 児童労働の禁止
③ 差別の排除
④ 外国人労働者の権利の尊重
⑤ 結社の自由・団体交渉権の尊重
⑥ 労働安全衛生の確保
⑦ 過剰・不当な労働時間の禁止
⑧ 公正な賃金の支払い
⑨ 暴力とハラスメントの禁止
⑩ 先住民・地域住民の権利の保護
⑪ 消費者の安全と知る権利
⑫ 管理体制
⑬ サプライヤーへの展開の仕方

このうち、①~⑪に関するより詳細な解説は下記の参考資料にて記載がなされています。

(3)別添2(作業シート「負の影響(⼈権侵害リスク)の特定・評価」ステップ①~③)

別添2は、作業シート「負の影響(⼈権侵害リスク)の特定・評価」ステップ①~③と題して、「責任あるサプライチェーン等における⼈権尊重のためのガイドライン」実務参照資料別添2作業シートを元に、⾷品企業向けに様式変更したものであり、PDF版とExcel版が公表されています。
食品関連企業においては、実務参照資料ではなく、こちらの別添2のシートを用いた方が人権侵害リスクの特定・評価をしやすいケースが多いと考えられます。

(4)参考資料(食品企業向け人権尊重の取組のための手引き 参考資料編)

参考資料は、本手引きの本編に沿って人権尊重の取組を行う際に参考となる情報を紹介したものです。全体像は、以下の目次のとおりです。

(出典)「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き 参考資料編」3頁

参考資料は143頁に及ぶ大部なものであり、例えば各人権に関するリスクの解説として、食品産業という切り口から、参照すべき資料や図表・グラフ等を豊富に用いながら相当詳細に説明を置いています。

4. 本手引きの活用方法

本手引きは、食品企業が人権尊重の取組を行う際、国連指導原則等の国際スタンダード、人権ガイドライン、実務参照資料に加えて必ず参照すべき資料であると考えられます。

また、本手引きの「分かりやすさ」について上記で多々言及してきましたが、この「分かりやすさ」こそが、冒頭で食品関連企業以外の方も参照する価値が高いと述べた理由です。本手引きには、上記部分を含め、食品関連企業に限らず、汎用性のある資料として、自身の理解度の確認や社内研修等で活用できる箇所が多数存在しています。そのため、業種を問わず、本手引きを人権ガイドライン等のいわば副読本のような形で活用することも有用と考えられます。


Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
ESG・SDGsプラクティスグループ創設メンバーとして「今企業に求められるESGのグランドデザイン-取組・開示・表示の勘所-」(三浦法律事務所、ウエストロー・ジャパン、トムソン・ロイター(共催))セミナーに登壇するなど、ESG/SDGs分野にも注力している。

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