内部通報UPDATE Vol.2:迫る改正公益通報者保護法施行を見据えて②-従業員に信頼される内部通報制度とは?-
1. 社内の不正を発見した従業員の立場になって考える
内部通報UPDATE Vol.1では、内部通報と内部告発が企業にとっては似て非なるものであり、内部通報制度が不正の早期発見の観点から重要である旨を解説しました。
しかし、社内の不正を発見した従業員が内部通報窓口に通報する気すら起こさないのであれば、せっかく内部通報制度を構築しても意味がありません。
そこで、今回は仮想事例を使って社内の不正を発見した従業員の立場をロールプレイングしながら、内部通報制度のあるべき姿を検討してみたいと思います。読者の皆さまも自分が従業員αの立場だったらどうするのか、考えてみてください。
(1)不正を見て見ぬふりができるか?
従業員αは、自分が働く製造部門において組織ぐるみで行われていた品質データの改ざんという不正について問題意識を持つに至っています。ここで従業員αの目の前には、不正を誰かに報告・通報するかしないかの2つの選択肢が現れることになります。
不正を報告・通報しないという選択をした場合、職場に波風を立てることなく、(当面は)これまでと変わらない生活を続けることができるかもしれません。
しかし、理性と良識のある人であれば、不正の黙認には抵抗感を覚えるのが通常であり、問題意識を抱いた以上、不正を見て見ぬふりし続けることに良心の呵責を覚え、ストレスを感じ続けることになってしまうことが予想されます。
(2)内部通報が選択肢として浮上するか?
従業員αが不正を誰かに報告・通報するという選択をした場合には、次に「誰に不正を報告・通報するか」を考えることになります。
仮想事例では30年間製造部門で横行していた不正が問題となっており、従業員αの直属の上司はもとより、経営陣も含めてその不正を黙認していた可能性もあります。そうすると、従業員αは上司や管理部門、経営陣に報告を上げるのを躊躇してしまうことが予想されます。
では、内部通報窓口への通報はどうでしょうか?
A社には内部通報窓口自体は設置されていますが、従業員αは入社以来、内部通報制度について何も説明を受けておらず、「どのような事案を通報すればいいのか?」、「どの部署・責任者が対応するのか?」、「通報内容は会社がきちんと調査の上、是正してくれるのか?」、「通報したことで自分は不利益を受けないか?」、「通報した秘密は守ってくれるのか?」等、さまざまな疑問が頭をよぎることが予想されます。
特に、過去に内部通報が上層部によってもみ消されたといった話を聞くと、「内部通報をしても是正を期待できず、意味がないのでは?」と疑心暗鬼になってしまい、内部通報という手段がそもそも選択肢として浮上しないかもしれません。
(3)内部通報をすることで不利益を被らないか?
内部通報をしても意味がないという点に加えて、内部通報をすることで自身が不利益を被るおそれがあるとなると、従業員αは一層内部通報という選択肢を採りたくないと考えることが予想されます。
仮想事例では、過去に内部通報者が左遷されたとのうわさがあり、うわさの真偽にかかわらず、従業員αは、内部通報をすることで自身もA社から報復人事(解雇、退職勧奨、左遷等)をされるおそれがあると感じてしまうかもしれません。
また、従業員αは、自身が通報者であると職場内で特定されてしまうと、嫌がらせや仲間外れなどの精神的な不利益を受けてしまうのではないかとの懸念を抱くことも予想されます。
(4)内部通報ではなく内部告発の方がよいか?
内部通報では会社が不正を是正してくれるという期待が持てず、かつ自身が不利益を被るおそれもあると考えた場合、従業員αとしては、行政機関や報道機関等の第三者に内部告発を行うという選択肢が現実味を帯びてくるでしょう。
すなわち、従業員αは「内部告発により監督官庁が調査に乗り出せば、A社も観念して是正に動くのではないか?」、「内部告発を報道機関が取り上げて注目を集めれば、企業に対する世論の圧力がかかり、A社も是正を迫られるのではないか?」などと期待したりすることが予想されます。
また、A社の内部通報窓口では通報の秘密が守られなかったり、不利益を受けたりするリスクがあるのに比べて、匿名での内部告発の方がまだ安全だと考えるかもしれません。
このような思考プロセスの中で内部通報のリスクやデメリットを考えた結果、従業員αが内部通報ではなく内部告発を選ぶという帰結は決して荒唐無稽なフィクションではなく、現実世界で十分起こり得るシナリオではないでしょうか?
2. 従業員に信頼される内部通報制度とは?
仮想事例では、A社を内部通報制度がうまく機能していない会社の典型例として描きましたが、A社を反面教師とすることで、従業員が信頼して利用するような理想の内部通報制度の仕組みが浮き彫りになると考えられます。
(1)制度の透明性
まず、自社の内部通報制度がどのような制度なのか(窓口、部署や責任者、通報対象となる事項、通報後の調査、通報者へのフィードバックなど)を社内規程で明確に定めた上で、全従業員に周知させることが、制度を活用してもらう出発点として重要です。
これにより、従業員が「社内に内部通報窓口があるようだが、どんな制度なのか知らないし、何をどう通報すればいいのか分からない」などと考えてしまい、そもそも内部通報が従業員の選択肢にすら浮上しないという事態は回避できそうです。
(2)内部通報の実効性
次に、内部通報に対して、企業が通報内容を調査し、問題があることが判明した場合にはその問題を是正する仕組みを整えることで、従業員が「内部通報をしてもどうせ会社はもみ消すから意味がない」などと考え、内部通報の選択肢を早々に捨ててしまう事態を回避できると考えられます。
(3)通報者の秘密保持
通報者の不安を取り除くという観点からは、通報者の秘密を守り、通報者が誰であるかを特定しようとする動きを阻止する必要があります。
通報窓口の担当者が通報者の秘密を漏らさないことは当然のこと、通報内容を調査する過程で、通報者を推測されてしまうような質問の仕方をしないように心掛けるなど、細心の注意を払わなければなりません。また、被通報者(不正をしているとの指摘を受けている人物)等が通報者を特定すべく調べ回っているような場合には、そのような動きを阻止することが必要です。
(4)不利益取扱いの禁止
通報者の不安を取り除くためには、さらに、内部通報をしたことにより通報者が不利益取扱いを受ける事態を回避する必要があります。
通報者の不利益取扱いとしては、①解雇などの従業員の地位の得喪に関する不利益、②降格、左遷などの人事上の取扱いに関する不利益、③減給等の経済待遇に関する不利益、④嫌がらせなどの精神上・生活上の取扱いに関する不利益など、様々なものが考えられます(消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」10頁)。
企業としては、解雇や降格等の人事上の不利益取扱いさえしなければ問題ないというわけではなく、通報者への嫌がらせなどの事実上の不利益も生じないよう注意を払わなければ、従業員の不安を払拭できないということを十分理解しておく必要があります。
3. 改正法の趣旨を理解することの重要性
内部通報UPDATE Vol.1およびこのVol.2では、あえて公益通報者保護法の具体的な条項には触れずに、企業の立場に立った場合の内部通報制度の意義、従業員の立場に立った場合の内部通報制度の問題点およびあるべき姿について検討してみました。
ここで示した基本的な視点をもって公益通報者保護法の改正内容を見ていくことで、「なぜそのような改正をするに至ったか」という改正趣旨を理解しやすくなります。そして、改正趣旨をきちんと理解することができれば、形だけではない、実質を伴った内部通報制度を作り上げることが可能となります。
本連載がそのための一助となりましたら幸いです。
Author
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。