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内部通報UPDATE Vol.1:迫る改正公益通報者保護法施行を見据えて①-なぜ内部通報制度は企業にとって重要なのか?-

1. はじめに

2020年6月8日に「公益通報者保護法の一部を改正する法律」が成立し、2006年の公益通報者保護法施行以来、初の大きな改正がなされることになりました。この改正は、従業員300名超の企業に対して公益通報に適切に対応するための体制を整備する義務が課されたり、公益通報対応業務従事者の守秘義務違反に対する刑事罰が新設されたりするなど、あらゆる企業に対して大きなインパクトを与え得るものです。

改正公益通報者保護法は、2020年6月12日から2年間を超えない範囲内において政令で定める日から施行されるとされており、施行まであと1年程度と迫ってきています。

改正内容を踏まえて内部通報制度を整備することは当然必要なことですが、「なぜ内部通報制度を作る必要があるのか?」、「なぜ内部通報制度が自社にとって有益なのか?」といった基本的な理解をおろそかにして、形だけの内部通報窓口なるもので済ませてしまうのでは、わざわざコストをかけて制度を作る意味がありません。

そこで、今回は改正公益通報者保護法を読み解く前提として、「なぜ内部通報制度は企業にとって重要なのか?」を解説します。

改正法を見据えて新たに内部通報制度を構築する必要のある企業のご担当者はもちろんのこと、既に内部通報制度を構築している企業のご担当者も、「既存の内部通報制度をリノベーションする必要はないか?」という視点からお読みいただけると幸いです。

2. 内部通報とは何か?-内部通報と内部告発の違い

大前提として、「内部通報」とは何でしょうか?
似た言葉として「内部告発」もありますが、両者の違いは何でしょうか?

「内部通報」と「内部告発」の違いを押さえることは、内部通報制度の意義を考える上でとても大切です。

(1) 内部通報とは?

「内部通報」という言葉は、一般的に企業の定めた通報窓口への通報という意味で使われています。「企業の定めた」という表現をしたのは、企業内の担当者が窓口を務めている社内の通報窓口は当然含まれますが、これに加えて、企業が法律事務所等を社外の通報窓口として指定している場合の通報先も内部通報に含まれることを示すためです。

「内部」という表現が紛らわしいですが、社内窓口および企業の指定した法律事務所等の社外窓口への通報を、一般的に「内部通報」と呼んでいます(なお、改正公益通報者保護法では、内部通報のほか内部告発も含む概念として「公益通報」という用語が使われています。詳細は本連載のVol.3以降で解説予定です)。

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(2) 内部告発とは?

内部告発という言葉は、一般的に企業の内部通報窓口ではなく、行政機関や報道機関など外部への通報を意味しています。

企業が指定する社外の通報窓口とは異なり、行政機関や報道機関(テレビ局、新聞社、雑誌社、Webメディアなど)に内部告発がなされることで、企業が知らないうちに企業の不正や疑惑に関する情報が外部にもたらされることになります。

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(3) 不正を発見した従業員は最初にどこに通報するのか?

企業側の目線に立つと、内部通報と内部告発は、企業の定めた窓口に情報が寄せられるか否かという点で、似て非なるものということになります。
企業としては、もし不正を見つけたら行政機関や報道機関ではなく、自社の内部通報窓口に情報を上げてほしいというのが本音ではないでしょうか?
そして、もしかしたら、外部に内部告発をする人など、実際はほとんどいないだろうと楽観視する方もいるのではないでしょうか?

この点に関し、消費者庁が2017年1月4日に公表した「平成28年度 労働者における公益通報者保護制度に関する意識等のインターネット調査報告書」21頁によると、労務提供先で不正行為がある(あった)ことを知った場合に、「通報・相談する(又は通報・相談した)」または「原則として通報・相談する」と回答した者(1,710人)に対して、通報する場合の最初の通報先を尋ねたところ、「労務提供先(上司を含む)」は53.3%、「行政機関」は41.7%、「その他外部(報道機関等)」は5.0%であったとのことです。

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(消費者庁「平成28年度 労働者における公益通報者保護制度に関する意識等のインターネット調査報告書」21頁」より抜粋)

【関連リンク】
消費者庁「平成28年度 労働者における公益通報者保護制度に関する意識等のインターネット調査報告書」

約46.7%の役職員は不正行為を知った際の最初の通報先として内部通報を選ばずに、いきなり内部告発を選ぶ旨の回答結果を見て、読者の皆様はどのような感想を持たれるでしょうか?

筆者は、この回答結果はいかなる企業も内部告発と無縁ではいられないという警鐘と捉えるべきであり、この警鐘に耳を傾け、内部告発が企業にもたらすリスクを具体的に考えてみる必要があると考えます。

3. 内部通報窓口ではなく社外に内部告発されることのリスク

(1) 企業の不正や疑惑に関し、突然監督官庁の調査を受けるリスク

第1に、監督官庁に対して内部告発がなされると、企業が関知していない役職員の不正や組織ぐるみで隠蔽し続けてきた不正に関する情報を企業が知らないうちに監督官庁がつかむことになり、監督官庁がその情報に基づき、調査を開始する可能性があります。監督官庁から報告徴収命令が発出されて関係資料の提出を求められたり、事実調査・原因分析・再発防止策を期限までに報告するよう命じられたりすることが想定され、場合によっては業務改善命令や業務停止命令を出されてしまう事態もあり得ます。

企業内の不正については監督官庁への自主的な報告等を含め、適切な対応を行う必要がありますが、監督官庁による調査の発端が内部告発の場合には、企業にとっては不意打ちとなり、行政対応の準備を受動的に進めざるをえなくなる点で非常にリスクが大きいと言えます。

(2) 企業の不正や疑惑に関し、突然報道されるリスク

第2に、テレビ局、新聞社、雑誌社等の報道機関に対して内部告発がなされると、スクープなどと題してニュースや記事が公になってしまい、企業が悪い意味で注目の的となってしまうリスクがあります。そして、ひとたび企業の不正が報道されると、SNS等により瞬く間に情報が拡散され、(時に尾ひれがついたり、フェイクニュースを巻き込んだりしながら)加速度的に反響が広がっていくことは、他社の不祥事を見れば想像に難くありません。

その結果、報道に関する問合せの電話やメールへの対応、顧客や取引先への説明、プレスリリースやホームページ上での説明、ひいては記者会見での釈明など、各種広報対応を要する事態に追い込まれることもあり得ます。

(3) 企業の自浄作用が疑われるリスク

第3に、内部告発をきっかけとして企業の不正が白日の下に晒され、企業が調査委員会や第三者委員会を設置し、独立性のある第三者による不正調査が行われるに至った場合には、「なぜ不正発見のきっかけが内部告発だったのか?」という点が問題になります。

本来、企業内の不正や疑惑については企業自身が発見し、調査・是正すべきであり、それができる企業は「自浄作用」が機能していると評価されます。内部通報制度のほか、上司への報告、稟議手続等の通常のレポーティング・ライン、法務部門やコンプライアンス部門によるチェック、内部監査・監査役監査・会計監査人監査などは、全て不正発見のためのルートと見ることができ、これらの重層的な仕組みが、自社の不正を自社で発見し、調査・是正する自浄作用を支えているといえます。

しかし、これらの不正発見ルートをもってしても不正を発見できず、内部告発によってようやく不正が発覚するに至ったとなれば、企業の自浄作用が疑問視されてしまいます。

その結果、企業の内部統制システムやガバナンスに問題ありとの評価がなされてしまい、企業のレピュテーションに大きな傷が付く事態にもなりかねません。

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4. 内部通報制度は社内の不正・疑惑をいち早く発見するための重要なルート

内部告発がなされることのリスクの大きさに鑑みると、企業としては、不正を発見した従業員に社内の不正発見ルートを利用して声を上げてもらった方がよいと考えられます。

社内の不正発見ルートについては、上記のとおりさまざまなものがありますが(上司への報告や稟議手続等の通常のレポーティング・ライン、法務部門やコンプライアンス部門によるチェック、内部監査・監査役監査・会計監査人監査など)、これらはどれか1つさえあれば完璧というものではありません。また、一従業員の立場に立ってみたときに、果たしてこれらのルートだけで十分といえるでしょうか?

例えば、直属の上司や経営陣の不正を見つけてしまった部下にとって、通常のレポーティング・ラインで上司や取締役を糾弾することは(テレビドラマの世界では痛快な倍返しもありますが)現実的には期待し難いと思われます。また、組織ぐるみの不正や長年隠蔽され続けた不正について、経営陣の下で統制された他部門に報告することを一従業員に期待するのは無理があると思われます。

では、内部通報制度ならばどうでしょうか?

もし、内部通報制度が、不正を見つけながらもどこに報告すればよいか思い悩む従業員にとっていわば駆け込み寺のような窓口としてうまく機能しているのであれば、従業員は行政機関や報道機関ではなく、まずは内部通報をしてみようと考えるのではないでしょうか?

実際、消費者庁が2017年1月4日に公表した「平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」58頁では、内部通報制度を導入している事業者1,607社に社内不正発見の端緒を質問したところ、「従業員等からの内部通報(通報窓口や管理職等への通報)」が58.8%で最も多いという回答結果が示されています。

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(消費者庁「平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」58頁より抜粋)

【関連リンク】
消費者庁「平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」

以上のとおり、内部通報制度は、従業員の声を直接拾い上げ、社内の不正・疑惑をいち早く発見するためのルートとして、企業にとって重要性の高いものといえます

法改正で義務が課されたからという理由で仕方なく内部通報窓口を設置するといったネガティブな考え方ではなく、法改正をきっかけに、自社にとって最適な形の内部通報制度を作り上げようというポジティブなモチベーションをお持ちいただくための一助として、本連載を活用していただけると幸いです。


Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所 (ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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