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内部通報UPDATE Vol.11:公益通報者保護法を巡る展開と展望


1. はじめに

2024年は上半期だけでも公益通報者保護法に関するさまざまな展開があり、2022年6月1日の改正公益通報者保護法施行から約2年を経て、さらなる法改正の議論が始動しています。
本稿では、公益通報者保護法に関する新たな展開をご紹介した上で、法改正に向けた今後の展望について解説します。

2. 意識調査

2024年4月に消費者庁は、「民間事業者の内部通報対応‐実態調査結果概要‐」を公表しました。
これは、2023年12月(全上場企業3,917社及び全国の非上場事業者6,083者の計10,000者)、2024年3月(全国の従業員数300人超の非上場事業者8,000者)の2度の調査結果を取りまとめたものです。

2023年12月の調査は、全34問の設問で、全国の上場・非上場の事業者に対し、内部通報制度の導入・運用の状況を確認する趣旨のものです。実施概要及び調査票は「内部通報制度に関する意識調査の実施概要・調査票」のとおりであり、下記14のテーマが調査項目として挙げられています。

① 内部通報制度の理解度
② 通報意欲(勤務先で重大な法令違反を知った場合)
③ 勤務先へ通報する場合の実名・匿名の選択
④ 勤務先で信頼できる通報先
⑤ 内部通報窓口の認知度
⑥ 内部通報窓口の信頼度
⑦ 通報を理由とする不利益取扱い禁止の認知度
⑧ 役員による不正行為の是正
⑨ 相談・通報の経験
⑩ 相談・通報した後の心情
⑪ 内部通報についての印象
⑫ 一番通報しやすい先
⑬ 通報者に報奨金を支払う制度についての印象
⑭ 「リニエンシー制度」(通報者の刑事罰や懲戒処分を減免する制度)に
    ついての印象

こちらの調査については、2024年2月に調査結果が公表されました(「内部通報制度に関する意識調査‐就労者1万人アンケート調査の結果‐ 全体版」、及び「内部通報制度に関する就労者1万人アンケート調査の結果について」)。そして、これを踏まえた実態調査の結果については、「令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査報告書」にまとめられています。

2024年3月の調査は、全9問の設問で、全国の従業員数300人超の非上場事業者に対し、公益通報者保護法や、公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下「指針」といいます。)の認知度や対応方針を確認する趣旨のものです。
そして、これを踏まえた実態調査の結果については、「民間事業者における公益通報者保護法に関する認知度調査」にまとめられています。
なお、公益通報者保護指針の概要については、拙稿「内部通報制度の「整備」・「運用」のポイント 改正公益通報者保護法対応」(BUSINESS LAWYERS、2022年)をご参照ください。

これらのアンケート調査や実態調査結果は、企業の内部通報制度を考える上で有用な示唆に富んでいます。一例を挙げると、勤務先の重大な法令違反を一番相談・通報しやすい先について、自社の内部通報制度を「よく知っている」と回答した人のうち58.3%は「勤務先(上司を含む)」と回答したのに対し、自社の内部通報制度を「ある程度知っている」、「名前は聞いたことがある」、「知らない」と回答した人で「勤務先(上司を含む)」と回答した人は50%を下回っています。そして、「知らない」と回答した人のうち22.2%は「インターネット上のウェブサイト、SNS等」と回答しています(下記表参照)。

出典:消費者庁「内部通報制度に関する意識調査‐就労者1万人アンケート調査の結果‐全体版」52頁

この結果から、自社の内部通報制度について、役職員にしっかりと理解してもらうことができれば、自社の内部通報窓口を活用してくれる(行政機関やマスコミへの内部告発やインターネット・SNS上の暴露等をしない)確率が高まり、逆に役職員がそもそも制度すら知らない場合にはインターネット・SNS上の暴露がなされる確率が相当程度高まり、会社のレピュテーションにとって望ましくない事態が発生してしまう危険が高まるという分析が可能です。換言すると、この結果は、自社の内部通報制度の周知徹底や教育・研修の重要性を端的に示すものと言えるでしょう。

また、「民間事業者の内部通報対応‐実態調査結果概要‐」15頁では、「まとめ(現状と課題)」という表題の下、以下の傾向があると分析されています。

出典:「民間事業者の内部通報対応‐実態調査結果概要‐」15頁

特に、ESG評価機関や機関投資家が内部通報対応をガバナンスの一要素として評価しているという点は注目に値します。グローバルレベルでESGへの意識が高まっている昨今の状況に鑑み、不十分な内部通報制度しかない企業や制度が機能不全・形骸化に陥っている企業は、ガバナンスの観点から問題ありと評価されてしまう可能性がある点は留意しておく必要があります。

3. 企業不祥事の調査報告書の分析

2024年3月、消費者庁は「企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析 ‐不正の早期発見・是正に向けた経営トップに対する提言 ‐」と題する資料を公表しました。

この調査の目的は、企業が公表した不祥事に関する調査報告書(第三者委員会調査報告書を含む)を収集し、内部通報制度の実効的な運用を阻害する要因を整理・分析し、不正の早期発見・是正のための提言を得ることとされています。
調査方法は、2019年1月以降に公表された企業不祥事に関する調査報告書265本を収集・分析し、内部通報制度の実効的な運用を阻害する主要な課題項目を設定し、各項目についての記載が充実している調査報告書を選定し、指摘事項を整理・分析の上、経営トップに対する提言をまとめるという手法が採られています。

上記消費者庁の提言においては、内部通報制度の実効的な運用の阻害要因として、①規範意識の鈍麻(独自の規範意識の形成)、②内部通報窓口の問題、③内部通報制度に対する認識の欠如、④内部通報を妨げる心理的要因、⑤内部通報後の不適切な対応という5つが挙げられています。その上で、これらの5つの阻害要因に「内部通報により是正に至った事例」を加えた6つの切り口から、経営トップに対し、以下の提言がなされています。

出典:消費者庁「企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析‐不正の早期発見・是正に向けた経営トップに対する提言」3-8頁

特に、内部通報を妨げる心理的要因に関するTone from the Topの提言は、重要性が高いと考えます。経営陣の発信が従業員のコンプライアンス意識の向上のために重要な役割を果たすということはコンプライアンス全般に通底するポイントであり、実効性のある内部通報制度の運用性にも当てはまります。また、経営陣がいくら「コンプライアンス重視」、「内部通報制度が大切」などと発言しても、利益偏重・コンプライアンス軽視、内部通報者への圧力や冷遇といった悪しき実情が存在している場合には、言行不一致の誹りを免れず、その言葉は説得力を失います。実態や行動を伴った経営陣の誠実な姿勢こそ、コンプライアンス重視の企業風土を作り上げるために重要であり、言行一致した経営陣が真摯に発信することではじめてその言葉に感銘力が宿ると考えられます。

4. 是正指導件数の公表

消費者庁は、2024年4月15日、「公益通報者保護法に基づく是正指導の件数について」と題するニュースリリースを公表しました。
これは、公益通報者保護法第15条に基づく是正指導(助言、指導及び勧告)の件数を知らせるものであり、2022年度(2022年6月1日~2023年3月31日)は0件であったのに対し、2023年度(2023年4月1日~2024年3月31日)は24件であったことが示されています。

公益通報者保護法第15条
(報告の徴収並びに助言、指導及び勧告)
内閣総理大臣は、第11条第1項及び第2項(これらの規定を同条第3項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定の施行に関し必要があると認めるときは、事業者に対して、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。

※筆者注:同法第11条第1項は公益通報対応業務従事者の指定義務、同条第2項は公益通報対応体制整備義務について定める条項である。

是正指導の具体的内容は定かではありませんが、2023年度から公益通報者保護法に基づく是正指導がなされるようになったという事実は重く見る必要があります。
2022年6月1日の改正公益通報者保護法の施行後も適切な従事者指定の運用や公益通報対応体制の整備を行っていない企業も残念ながら存在していることが、上記2記載のアンケートで浮き彫りになりました。改正法対応が十分ではない企業の担当者は、消費者庁の是正指導がなされる可能性があること、そしてその勧告に従わないと企業名が公表される可能性があること(同法第16条)に危機感を持ち、早急に同法に沿った制度を構築しなければならないと考えます。

5. 公益通報者保護制度検討会の設置

2024年4月、消費者庁は、近年の公益通報者保護制度を巡る国内外の環境の変化や改正後の公益通報者保護法の施行状況を踏まえた課題について検討を行うため、有識者により構成する「公益通報者保護制度検討会」(以下「検討会」といいます。)を開催し、2024年中を目途に取りまとめを行うことを公表しました。
そして、2024年5月7日に第1回検討会が開催されました(消費者庁のウェブサイトに議事次第等の資料が公表されています)。

検討会は、公益通報者保護法附則(令和2年6月12日法律第51号)第5条(政府は、この法律の施行後3年を目途として、新法の施行の状況を勘案し、新法第2条第1項に規定する公益通報をしたことを理由とする同条第2項に規定する公益通報者に対する不利益な取扱いの是正に関する措置の在り方及び裁判手続における請求の取扱いその他新法の規定について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。)に基づくものであり、ここでの議論を踏まえ、さらなる法改正がなされることが予想されます。

6. 今後の展望

上記の一連の動きや大臣会見の内容に鑑み、公益通報者保護法の課題等について2024年中に議論が進み、2025年の法改正の可能性も見込まれる状況にあると考えられます。
企業のご担当者の方々は、現在施行されている公益通報者保護法や指針が遵守できているかを定期的に点検しつつ、検討会の議論の状況を注視することが望まれます。本連載がそのための一助になりますと幸いです。


Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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