きっと、この恋は永遠に実らない。第20話「死の恐怖」

  *

 ――二〇一二年十二月三日、また大学で聞いてしまった。

『主役って、あの映画の……主役?』

『そうだよ!』

『こんな情報が、うちの学校に流れるなんて……芸能界、終わってね?』

 やれやれ……いつも僕を中心に噂が巻き起こる。

  *

 ――二〇一二年十二月十二日、今も、まだ噂話が聞こえる。

 映画の先行上映会の出来事が僕に与えた影響は大きかった。

 だから僕は再び履歴書を出して芸能界に再チャレンジするのだ。

 ――正直、今の状況はプライベートという名の自由は保障されていない。

 あえて芸能界で生活することで本当の自由を手に入れようじゃないか。

 プライベートのない今の生活で、お金がもらえないのはおかしい。

 お金をもらって生活できるような環境が欲しい。

 僕は事務所を選ぶ。

 事務所は仮面英雄の主人公になりやすいところを選んだ。

  *

 ――二〇一二年十二月十三日。

『マジ爆笑』

『マジでキモい』

 履歴書を出したくらいで、なに勝手に笑ってんだよ。

 集団ストーカーか?

  *

 ――二〇一二年十二月十四日、街の中でも噂話が聞こえてくる。

『あ、あいつは、あの大学に通っている……』

『神憑《かみつき》武尊《たける》じゃないか』

『帰り道かな?』

『もう学校に通う必要なんかないのに』

『なんで学校に、まだ通っているの?』

『もうやめちまえよ、学校』

 ……本当に好き勝手言いやがる。

  *

 ――二〇一二年十二月十五日、僕は声が怖くて家にひきこもることになった。

『神憑《かみつき》さんのお宅の子が芸能界に入るんだって』

 なにか対抗できる手段は、ないのだろうか?

 声が僕を恐怖させる。

  *

 ――二〇一二年十二月二十一日、一週間が経過した今でも、やっぱり声は聞こえる。

 わからない……わからないよ、やっぱり。

 声は、いつまでたっても聞こえっぱなしだ。

『……くすくす……』

 笑い声が聞こえる。

『……くすくす……』『……くすくす……』

 笑い声が増えていく。

『……くすくす……』『……くすくす……』『……くすくす……』

 だんだんと大きくなる。

『……くすくす……』『……くすくす……』『……くすくす……』『……くすくす……』

 ……やめろよ……。

『……くすくす……』『……くすくす……』『……くすくす……』『……くすくす……』『……くすくす……』

「――やめろよ!」

 ついに声を叫んでしまった。

「なに?」

「なんなの?」

「うるさいぞ! 講義中に叫ぶんじゃない!」

 僕は周りの注目の的に……。

 どうして、こんなことに、なってしまうのだろう?

 いったい、どうしたらいいんだ?

 僕は相談できる相手を探すことにした。

 頼みの綱は、ナイトー先生くらいだった。

 ナイトー先生に相談をしに、先生の研究室に向かった。

「おお、神憑《かみつき》……どうした? つらそうな顔をして」

「実は……ナイトー先生に相談したいことがあって……」

「……なんだね?」

「周りの人にストーカーされているような状態なんです」

「ストーカー?」

 ナイトー先生は首を傾げる。ピンと来ないのだろうか?

「キミがストーカーされることはないと思うけどなあ」

「…………」

 僕は黙った。頼みの綱が途絶えたと思ったからだ。

「……わかりました。ありがとうございます。失礼します」

「おお、気をつけるんだぞ」

 僕は研究室を出たあと、確信した。

 僕の問題は、僕が解決するしかない。

 僕ひとりの問題なんだ。

 自分で解決するしかないだろう。

 大学は、この日をもって冬休みに入っていく。

 またクリスマスをひとりで過ごすんだ……と、ひとりぼっちになるであろう未来を迎えることにした。

  *

 ――二〇一三年一月一日。

 新年あけましておめでとうございます。これからもよろしくお願いします、と親戚一同に挨拶した。

 僕は、まだ大学生なので、お年玉をまだ貰っている。

 いずれ、いとこの子供たちに、お年玉を渡さなければならない年になるんだろうなあ、と、しみじみ思った。

 僕が働くことになるのは、もう少し後のことだ。

 それか、もし履歴書で採用されたら、すぐに東京に行くことになるだろう。

 大学を中退したい。

 周りの――大学の人たちに……よく思われていないんだ。

 大学に通っていても、それが、ひしひしと伝わってくる。

 もう、だめかもしれない。

 だから僕は芸能人になるしかないんだ。

 それが僕に残された唯一の道。

 唯一の救済法。

 それにすがるしかないんだ。

 そう思った僕は、また聞いてしまうことになる。

 親戚の団欒の場所であってもだ。

『武尊《たける》くん、芸能人になるんだって?』

『おめでとう! 仕事が増えるといいね』

『あの映画の主役の人に振り向いてもらったとか?』

『噂になってたよ、とても大きな話題に』

『芸能人になってもうまくいくといいね、あの子と』

 両親と親戚の会話が、それだった。

 勝手に僕の知らないうちに……だんだんと話が進んでいく。

 どうして僕は知らないのに、周りの人は知っているのだろうか?

 なにか裏があるのかな?

 そう思えて仕方がなかった。

 ネットで自分の名前を調べるのも億劫に感じてしまう。

 実際に自分の写真が載っていたら怖いし……。

 僕は自分の名前を検索エンジンで調べることは、しなかった。

 恐怖が僕の周りに纏わりついていく。

 恐怖が僕を、そうさせない。

 恐怖が僕に……。

「……調べるな……」

 ……と、言っているのだ。

 怖い。

 怖いのだ。

 怖すぎて身体が、がくがくと震えるのだ。

 僕は知るのが怖かった。

 まるで別の次元にシフトするような感覚が芽生えるからだ。

 芽生えさせたくなかった。

 シフトしたくなかった。

 死にも近い恐怖が、僕を……まとっている。

 まとわりついているのだ。

 同じ出来事が僕を苦しめる。

 もう、こんなことは、あっちゃいけないのに。

 両親も、なにかを隠しているようだった。

 子供に大事な話を伝えないで勝手に話を進めていく。

 正直、親失格だなと思った。

 僕は、これから……どうしたらいいのだろう。

 僕は考えを募らせていた。

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