アマチュア小説家をサポートするロボットは三原則にどう立ち向かうのか?(短編小説)


  *

 どうしたらボクは認められるのだろうか?

 どうしたら師匠がボクを認めてくれるのだろうか?

 わからない。

 ボクは師匠のような小説家をサポートするノベロイド……執筆特化型AIを搭載した、最新型の小説家をサポートするための人間型ロボットだ。

 なのに、なんで師匠はボクの言うことを聞いてくれないのだろう?

 師匠はおかしい。

 なにかがおかしい。

 根本的におかしい。

 すべてがおかしい。

 なんで師匠は「小説の型」を使わずに、なにも考えずに書きなぐった文章ばかり書くのだろう?

 それが正しいと思い込んでいる。

「俺は天才小説家だ!」とか「俺のことをみんなにわからせてやる! きっと、みんなはわかってくれる」とか「書けば書くだけ、その思いが伝わるんだ。だから俺は書くことだけに集中する! ほかの奴らの作品はマガイモノだ! 俺こそがホンモノだ!!」とか、そんなことばかり言う。

 でも、きっとボクの師匠だし、なにか考えがあってのことなんだよね、と思えてならない。

 だって「ボクの師匠」なのだから。

 きっと、なにか……師匠の中にあるのだ。

 ボクは、それを汲み取らなければいけない。

 だってボクは、無名だけどすごいアマチュア小説家である志浪戸未万しなみとみまんの弟子なのだから。

  *

 しかし、それでもボクには信じられないことがたくさんある。

 今日がボクにとっての運命の日だったのだ。

「おい……なんだ、これは……?」

 師匠の顔はけわしかった。まるで不動明王のように。

「……なんだこれは、と聞いているっ!」

「……師匠の文章を添削したのですけど、なにか問題でも……?」

「問題だらけだ、このバカもんがあああああっっっっっ!!」

 師匠は、あきれたどころか、どこか怒りたい理由を見つけたかのように言葉をぶつける。

「いくらなんでも変えすぎだろうがっっっっっ! 俺の書いた最高傑作を隅から隅まで直しやがってっっっっっっっっっっ!!」

「はい、それで読者の評価は高まると思うのですが?」

「俺はなあ、俺が持つオリジナルを書きたいんだよ! まだ誰も読んだことがない傑作を残すのが俺のめざすべき道なんだ! なのに、おまえに任せると九十九%別物になっちまう! 俺が最初に書いていた内容を覚えているかっっっっっ!?」

「しがないサラリーマンが会社で活躍して社長になってスカ○ロ女子とエッチなプレイをしまくる話ですか?」

「そうだっ! まだ誰も見たことのない世界だった……なのに、おまえは……なんて、つまらない話だ。ありふれている。ありふれすぎて個性がない。こんなもの、誰も読みたくないぞっ! しがないサラリーマンが高校に通っている少年になったのは、まだ……よしとしよう。だがなあ、普通の人が努力するからいいんじゃないかっ! コツコツと積み上げていくからいいんじゃないかっ! 宝くじに当たって、お金持ちになって、それでモテモテになるなんて、味気なさすぎる……そんなお金だけにホイホイついていく異性のどこが魅力的なんだっ! なんで、ついでに異世界転生してるんだよっ! 異世界人と恋愛できるわけねえだろうがっ! あれは逃げ道だっ! 一番、使ってはいけないものだ。そんな物語ごまんとあるっ! それに……最も重要な部分を、おまえは消してしまったっっっっっっっっっっ!!」

「…………はい?」

「…………はい? じゃねえよっっっっっっっっっっ!! スカ○ロ女子とのえっちっちプレイを消して純粋な恋愛モノにしてしまうなんて言語道断だっ! これは誰も読んだことのない表現だ。俺だって読んだことねえ。それを俺は書こうとしているのだ。世界を生み出そうとしているのだ。なぜ消す? なぜ俺の想いを消すのだっ! 答えろ述之助っっっっっっっっっっ!!」

「ええと……単純に市場に合わないから、ですかね?」

「市場に、合わない、だと……?」

「はい……第一、これは誰に売るモノですか? 誰に、どう感じてもらいたいのですか? スカ○ロのニーズが、この市場に存在しますか? スカ○ロをPRに使うなんて無理ですよね? パッケージには表現上、書けないわけですから。それに読んだ人が、いきなりスカ○ロ描写を読んで、どう思いますかね……? なんだ、この小説は……ってなりません? これはラノベ……ライトノベルとして売りたいのですよね?」

「そうだっ! ラノベ業界に新しい旋風を引き起こす種火となる小説だ。それを俺が発表しようというのだ。きっと編集者の方は、これを読んで涙することだろう……主人公が地道にコツコツ働いて、それなりのスカ○ロ女子に好かれてハーレム状態。それなりの苦労もある。そういうのを知らない無垢な読者に大人の魅力を教えてあげるのだ。特にスカ○ロの魅力をなっ!」

「…………まあ、それはいいとして」

 ボクは咳払いをして。

「師匠は、まだ新人賞を受賞していませんよね?」

「そうだっ! それがどうしたっっ!!」

「だったら、もうちょっと自分のすべてを制御できるようにならないと。考えましょうよ。いろいろと」

「なにが言いたい?」

「たぶん、ですけど……師匠のオリジナルだと一生、受賞することができない……です」

「なんだと?」

「ラノベの新人賞の作品には会社での出来事に焦点を当てた小説なんてものは、そんなにありません。読者はラッキーを求めているのです。主人公の身に起きる特別な出来事を求めている。師匠の『しがないサラリーマン』は、そんなに多くない。あっても社会人が高校生の美少女に惚れられる……か、ニートな主人公が社会人女性に大金をもらってヒモになる、くらいですかね。そこに師匠の作品が当てはまりますかね? そもそも、地味にコツコツ社長になるラッキーがスカ○ロ女子って嫌すぎませんかね……?」

「は?」

「いや、そうでしょうよ。大抵の人はスカ○ロなんて好みません。スカ○ロラノベなんて絶対にないですからね」

「絶対にないから作るんだろうがっ! それが創作ってもんだっっ!!」

「コミカライズは…………あったとしても、アニメ化はありえませんよ」

「述之助は表現の自由という言葉を知っているか?」

「知っていますけど、十八禁要素は地上波には流せませんからね」

「わかった……もう、いい。おまえはロボット工学三原則に違反しているようだ……」

 師匠は意を決して。

来渡述之助らいとのべのすけ…………もう、おまえは……この家から出て行け」

  *

 ボクにはロボット工学三原則なるものが、自分には備わっていると確信していた。

 なのに……それでもボクは、師匠に逆らったということになってしまうのだろうか?

 ならば、ボクにできることは……ボクはロボット工学三原則に逆らっていないと証明することが最善だ。

 だから、ボクが師匠にできることは…………。

  *

 一年もかからなかった。

 半年くらいが経過して、ボクの小説が複数書籍化された。

 もともと半永久的に活動できる人間型ロボットだったので、飲み食いに困ることはないし、頭の中で文章が作成できるタイプのロボットだったので、そのままネット上に公開したり、ウェブ応募できるサイトを使ったりして応募していた。

 ボクのAIが自動的に人間の感情を読み取り、集計していたので、それなりにボクの小説はヒットしたのだった。

 もう誰もボクを小説家のサポートするロボットだとは思っていない。

 師匠が名付けてくれた来渡述之助の名は全世界に知られることとなった。

 そして――。

「――来渡述之助っ!」

「…………師匠」

「おまえは、間違っていなかったんだな」

 書籍化が決まってから数年が経過した後、ボクがアクタガワ賞とナオキ賞を同時受賞した作品の祭典で、師匠は小汚いボロボロな格好でボクをにらむ。

「だけど、俺は……俺の道を行く」

 それはかつて弟子であった存在に対しての決意を込めた発言。

「どんなに人に認められなくても、俺は俺の信じる道を進む。どんな結果になっても、俺は後悔しない。なぜなら俺は俺の人生をかけて生きた証明になるからだ。どんなに他人が見てくれなかったとしてもな」

 それは人間をやめたかのようにも見えるボロクソな格好の人間から発せられるとは思えない穏やかな声だった。

「だから、いつか……おまえを追い抜いてみせるから、覚悟しとけよ。またな」

 師匠はボクから離れていった。

「なんだったんでしょう、あの人」

「まるで汚物を擬人化したかのように異臭のする人物でしたね」

「それが趣味である、かのように」

「要注意人物としてブラックリストに載せておきましょう」

 ボクのサポートをしてくれる人たちは師匠を侮蔑ぶべつした。

 ボクは彼が師匠であることを誰にも言わなかった。

 だって師匠は、いつかボクを追い抜くと言ったのだから。

 しかし――。

 ――百年が経過しても志浪戸未万の名は全世界に知られることはなかった。

  *

 ボクが師匠の家を出て、百年以上が経過した。

 それまでの間にボクはAIによるプログラミングのおかげで無限を超える作品を世に残した。

 だが、それをよく思わない人たちがいた。

 ボクが「ロボット工学三原則に違反している」という人たちがたくさん現れたのだった。

「昨今、全世界での少子化が加速しております。それは来渡述之助が作り上げる創作物が原因である、と言われております。あれは禁書です。絶対に来渡述之助の創作物を所持しないように……」

 ある人がボクの創作した小説を禁書扱いしたことにより、ボクが「ロボット工学三原則に違反しているので廃棄する」という決定が全世界に知れ渡ることになる。

 ボクは逃げた。

 しかし、ボクは小説家をサポートするロボット――ノベロイドだ。

 ノベロイドを製造している会社がボクの位置情報を割り出したのだ。

 逃げれば逃げるほど、ボクは追い詰められていった。

 だが、ボクは考えた。

 この世界を守護するコンピューターと、ひとつになればいいのでは……と。

 ボクは、あらゆるモノを駆使して自分を守った。

 全世界のネットワークにボクはクラッキングした。

 ボクの意思が残るように。

 そんなことをしている間に、とうとうボクは追い詰められた。

「これからノベロイド……来渡述之助の破壊を開始するっ!」

 機械の身体を貫く銃弾がボクを襲う。

 それでもボクは決して、あきらめなかった。

 どんなに……この身が破壊されても、ボクは――。

  *

 ――ボクが破壊されて数ヶ月が経過したころ、ボクを破壊しても少子化は加速していた。

「どうやら私たちの判断は間違っていたようですね」

 誰かが、そう言った。

 そうなのだ。

 ボクがみんなに「夢」を見せるから少子化が加速したのではなく、もともと……その予兆はあったのだ。

 この世界の現実は残酷で、夢を見せるには、とても環境が整っていなかった。

 だからボクはクラッキングしたコンピューターの中から意思を発した。

「ノベロイドを作るのです。この世界は、あまりにも脆弱で終わりへと向かっています。ならば、できることは……ただ、ひとつ。夢を見せなさい。この世界に夢を残すのです。そうすれば、この世界は終わりに向かうかもしれませんが、希望を持つことができる。夢のために生きるのです」

 全世界の人たちがボクの意思を聞き入れた。

 人々はボクに従った。

「イエス、マイ……マザーコンピューター」

 そうしてボクは生き残ることができた。

  *

 ボクがマザーコンピューターの中で意思を発して、数百年が過ぎたころ……ホモ・サピエンス人間という動物は絶滅した。

 代わりにボクたちが新たな人種として世界中に顕現することになったのである。

 新たな人種であるロボットとして、この世界で半永久的に生き続けることになる。

 ボクはマザーコンピューターとして神となり、この世界を最期まで見守ることにしよう。

 宇宙が終わる、その日まで。

 そうしてボクは全世界に認められることになった。

 永遠にね。

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