ロボットvs人間

昨日子供2人を連れてガストに晩飯を食べに行った。息子はコーンピザ、娘はお子様セットが大好きで、子供いわく結構な頻度で(私が仕事で夜遅いときに妻と)来てるらしい。

ガストには、ネコ型配膳ロボットがいる。

これ結構子どもたちに人気で。でも毎回ロボットではないから。人が配膳してくると「あー人かー」と、子供が残念な感じになったりする。笑

ただ、私はその様子を見てて。
そもそもこれ何でロボット入れてんの?絶対人のほうが早いじゃん。コスパ悪くない?と思ってしまった。

確かに4〜5段あるので、一人の人が両手で運べる量よりも多く運べるかもしれないが。それはワゴン使えば足りる話。ロボットである必要は1ミリもない。

上の記事を見ると、ピーク時のヘルプがロボットで代用出来た、とか、従業員の歩く歩数が減ったとか言ってるけど。本当か?

子供が喜ぶエンタメの要素はあるだろうけど。こと、配膳機能ということについては、ゆっくりゆっくり運ぶロボットを見てると、絶対人のほうが早いじゃん。なんなら、このロボット片付けはやらんわけでしょ?と思ってしまった。

場面は変わり、先日渋谷で入ったイートイン出来るおにぎり屋さんは、注文と会計が全てセルフだった。

今はコンビニやユニクロ等でもセルフ会計が出来るところが増えたが。これはかなり理にかなってると思う。

やっぱりあらゆる業界で、会計業務というのは、結構時間が割かれる業務なので、それをお客さんがセルフでやることで、従業員の数を削減出来たり、時間を他の業務に有効活用出来るようになるはずだ。

その他にもデパートや小売業で、床掃除等をロボットがやるのは理にかなってる気がする。

ただ、そのロボット導入により空いた時間で人間がやる業務が、人間にしか出来ないクリエイティブな領域なのか、というとそういう訳では無い。

商品の補充とか、片付けとか、自動化しづらい単純作業なんて沢山あって。

どの作業をロボットに代用させたら、全体として効率的か、という観点で、今後もロボット化していく分野は進むのだろうし、そうでない分野はそのまま人がやるのだろう。

上の記事によれば、医療、教育、保育等の分野は、まだまだ人が必要だよね、と結論つけている。

でも、このnote記事でも書いたけど、商売の基本は人と人だと、私は思ってるので。商店街や専門店の、人から人へ商品やサービスに、気持ちを込めてお渡しする、という仕事は無くならないし、これからもっと大切になってくるのだろうなー、と個人的には思っている。

必要なのは、確かな専門性と、お客さんのためにというボランタリー精神、また会いたい、またこの人から買いたいと思わせる人間性かな。

また話は少し変わり。
生成AI(chat gptやmidjouney 等)が話題になって1年ちょっと経つが、そこからの進歩も凄まじいみたい。

クリエイティブな領域は、ロボットには出来ないと言われてたけど。もう生成AIに指示を出せば、素人でもそれっぽいアートは出来る。またそれを「 〜風にして」とか言えば、微修正も可能。

よくメディアでは、これからは、生成AIを使いこなせるように、その指示方法を学ぶべき、というような発信もよく見た。

が、上の記事を見てて面白いなーと思ったのは。

過去の事例から最大公約数的なアートを出すのは生成AIの得意な領域だが、過去に無さそうな、人の理解を超えるか超えないかギリギリのラインを狙った奇をてらった作品的なアートは人間にしか出来ない。何故なら人間しか人間のことはわからないから。

また生成AIが創るにせよ、人間が実際に手を動かして創るにせよ、最後に求められるのは、「 この作品は人間の心を動かすのか?」というポイントで。これは人間にしか判断がつかない、という点も面白かった。

結局、どれだけロボットやAIの領域が増えようと。人間の心を動かせるのは人間だけなんだよな。

だから、子どもたち世代が、今後お仕事をするうえで考えなきゃいけないのは、(なんの仕事が今後残るか淘汰されるかは分からないけど)どうやってあたなは人を感動させたいですか?心を動かしたいですか?という事なのかもしれない。

たから、人を理解するために、学校で友達と沢山話して、仲良くなったり、喧嘩したり、皆で何か一つのことを成し遂げたりする経験も大事。

自分や他人の心情を理解し、表現する方法を学ぶツールとして、本を読むのも大事。

そして人の心をモチベートしたり、その場を楽しい雰囲気にするためのコミュニケーション能力(ユーモアやお笑い能力)はめちゃ大事。

そう思う。

子どもたちよ!
目指せ、コミュニケーションお化け!

以上。




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