世にも奇妙な先輩

「最近、Twitterで読書アカはじめてー」
雑談で先輩に言ったその日の夜、先輩は私のアカウントを特定した。
読書傾向を知っていれば特定は容易だったんだろう。
「かる@読書」というユーザーネームだった。
「先輩の中学校時代の読書好きの友達」という設定になりすまし、DMを飛ばしてきた。読書の話をする相手に飢えていた私はまんまと釣られた。

DMの内容はほぼ、偶然共通の知り合いだと判明した(設定の)先輩についての話だった。
・よく人を嫌う、照れ屋、変なところで冷たい、押しに弱い、などの自分の性格面
・ラブレターをもらった、などのモテるエピソード
・好きになる人は変わってる人が多い、好きになるポイントで重視しているところ、など自分の恋愛面
・先輩と一緒にライブに行くことがあると言うと「想像以上に仲がいいんですね」と言ったり、私が先輩に本をすすめたと言うと「彼はなにかすすめてもあまり読んでくれないので、珍しいですね」と仲の良さを印象づけ、それに特別な意味を思わせるようにコントロールするかのような反応
↑信じがたいけど、これが先輩が仮想の自分を立ててまで話したかったこと。
そして彼のことをどう思っているのか、彼は安全地帯に立ちながら、私から聞き出そうとしていた。

私と先輩は、話し込むことが多かった気がする。音楽の趣味も合い、読書や創作の話もよくしたし、一緒に本屋でダラダラ練り歩くのが楽しかった。意味などさしてなかったのに。
部員からは「付き合ってるんでしょ？」と何人かから聞かれたけど、気味の悪いざれごとに過ぎなかった。

もちろん私も、この不自然な刺客に何も疑わないほどの阿呆ではなかった。
当時やっていたブログのリンクを「かる@読書」に送り、読ませる。その後ブログのGoogleアナリティクスを見ると、ユーザーの所在県やiOSのバージョン、携帯の機種などの情報により、個人を簡単に割り出せる仕組みだった。
「かる@読書」はブログを読んでくれた。以前本物の先輩のほうにブログを読んでもらったときと、ユニーク情報が全て合致していた。

雑談の折、あのアカウントの正体は先輩だろうと指摘しても「は？みてない、なんで？」と認めようとしない先輩に、Googleアナリティクスの証拠を突きつけた。
もう私のブログとか絶対に見ないでください。うん。わかった。
そのようなやりとりの後、また彼のアクセスログが入っていた。アナリティクスへの理解が薄かったのだろう。崩壊に次ぐ崩壊だ。バレなければ平気で嘘をつくんだ。「美徳の不幸あるところ、悪徳の栄えあり。」サドの言う通りだね。あ、人ってそういうものなんだぁって世の中の不幸をひとつ知った。

後日先輩を呼び出し、私は先輩と地元で一番大きな駅へ向かってそのことについて話しながら歩いた。
駅へ着いたころ私は涙目になっていた。私は先輩のことを人として好きだったし、懐いていた。
なぜこのような仕打ちを受けなければならないのか？私が女で、若くて、弱そうだから？己への哀れみが涙に発露していた。
「ごめん、友達と悪ふざけでやったんだよ」
この後に及んでも『友達の存在は架空ではない』と言い張る先輩。
「ごめん、不思議な子だから何考えてるのか気になった……だけです」
そういって先輩は駅を立ち去った。思えば大学生ってめちゃくちゃ暇だったな。

殴られたり、暴言を吐かれたり、性搾取を受けたり、そういう痛みの方が客観的にはずっと辛い。ただ意識下で無視できない大きさの痛みは確かにここにある。

己の私利私欲のため、私のプライバシー領域を盗み見された。盗撮や盗聴と何が違う？
私は「被害」と呼ぶ。
今までずっと、おとなしい見た目の女性、という弱者として生きてきた。ただこの事実に一切痂皮はない。落ち度のない人間を不幸にさせる。これは加害だ。

あの地獄みたいな空気感から数年経つけど、今また連絡を取るくらいまでには回復した。
あの部分がなければ、おしゃべりで気さくな面白い先輩。私は「普通の先輩後輩同士」のように付き合い続けたかった。そのifを叶えようとしている。
友達が少ないせいでボートレース仲間に枯渇している私は先輩をボート狂にしようと画策している。
私は先輩のことを本質的に信じなくなった。お互いそのカルマは背負い続けねばならないんだろう。
彼が私の人生から退場するその日までは仲良くしたいと思っている。
先輩を異性として見ることは一生ないけど！ww