見出し画像

今年も孤独と闘った話


私は数年前から毎年脳ドックを受けている。脳のMRIを撮るのだ。私が住む町で毎年50名限定で募集があり、私は毎年応募している。個人負担は1万円。これを高いと思うか安いと思うかは人それぞれだけど、私が毎年マジメに受けるのには理由がある。それは私の実父だ。父は脳の病気(脳腫瘍)で亡くなったからだ。そういう病気に遺伝とかがあるのか無いのかは知らないが、予防できるものなら防ぎたい。それが父が病気になった意味(メッセージ)のような気がしているから。


確か今年で4年(回)目。慣れたもんでしょ、と言いたいところだが全然慣れない。毎回、終わるとドッと疲れている。ただ寝転んでいるだけなのに、だ。


受診者は健診の時間を指定されていて、行くと受付してからほぼ待ち時間なく直ぐに検査が始まる。これがもし個人で受けに行ったとするといっぱい待たされると思う。昨年はあまりに待ち時間が無さすぎて、受付してMRI室に歩いて行く途中で既に技師さんが廊下に出て待っていた。
「石元さんですかぁ?どうぞー」
で、直ぐに案内され、心の準備が出来ないままに寝転がされていた。


あー、汗をふきたかった
あー、ちょっとのども乾いてる
あー、顔がかゆい
あー、なんか心臓がドキドキ言ってるぅ


どうしよう、どうしようと思ったら余計に心臓がドキドキどころかバクバクしちゃって、それはもう心臓が口から飛び出そうなくらいのバクバクで、すんでのところで“何かあった時に押すブザー”を押しそうになったが何とか堪えた。その経験を踏まえて、もしも昨年同様直ぐに検査室に入れられても、汗をふいたりお茶でのどを潤して、落ち着いてから寝転がろうと決めていた。幸い今年は、廊下で少しだけ待つ時間があったので(多分2分くらい)そこでやるべきことと心の準備が出来た。


ただ別の心配事もあった。それは、検査の数日前に職場で「今度脳ドック受けるのよ」という話をした時のことだ。案外みんな脳ドックがどんなもんかを知らないので興味を持ってくれる。MRIなんて、大きな病気をしたとかじゃないとなかなか撮る機会もないし、ドラマや映画でしか見たことがない、あの筒みたいなものに入るというのがどういう感じなのかといろいろ聞かれたりした。それで盛り上がっていたのだがある若い同僚が、夢の中でなら入ったことがありますと言うので「その時どうだった?」と聞くと「もちろん閉じ込められて出られなくなりました」と言う。「怖っ」とか「ありそう」とか言って笑っていたのが急に思い出されて、いや笑い事じゃないし、と心配になったのだった。


とはいうものの、特に問題なく検査は始まり、いつも通りの大音量にいつも通りに驚いたりしながら検査は進んでいった。途中で顔が痒くなるとかは想定内。今年は自分でもわりと落ち着いてるなぁなんて思っていた矢先。急に何の音も振動もしなくなった。静寂。


あれ?終わったのかな?
終わる時っていつもどんな感じだったっけ?
終わったらイヤホンか何かで「終わりました」って言ってくれてたのではなかったっけ?
終わったらわりと直ぐに技師さんが来て筒から出してくれてたはずではなかったっけ?なんでかな、なかなか来ないな。
いつも、こんなに待たされてたっけ?え、え、もしかしてなんかあった?
機械の不具合とか?
途中で止まってもう一度イチからやり直しとかになったりする?
え、え、それとも技師さんになんかあった?検査中に突然心臓発作とかで倒れてたりして?
え、えー、このまま誰にも気づかれず、このままここから出してもらえなかったらどうしよう?
私、どうやって脱出すれば良い?と、ちょっと体を動かしてみたりする。


‥‥‥
いや、落ち着け。そんなことはないはずだから。例えそうだとしてもきっと誰かが気づいてくれるから。まずは心臓バクバク言ってるの、落ち着かそう。
深呼吸、深呼吸。


‥‥‥
と、何となく人の気配がした、と思ったら筒から出してもらえた。


「はい、お疲れ様」

‥‥‥ふぅ、よかったです。今年もマジで疲れました。トホホ。


起き上がると、背中が汗でぐっしょり濡れているのを感じた。あの静寂は、多分長くても1分程度だったと思う。だけどめちゃくちゃ長い1分間だった。閉じ込められてしまう話を聞かなかったらあんなにビクビクしなかったと思うけど、だからってビビりすぎだよね。自分で自分がおかしくなって、笑っちゃいそうで、でもここで笑ったら変な人だと思われるなとか思い、そそくさと検査室を後にした。



この記事が参加している募集

習慣にしていること

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?