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ただ今清掃中

年末が近づいてきた。大掃除をしなきゃと思っていたところ思い出す。もう何年も前のこと。NHKの『プロフェッショナル』で紹介された、羽田空港の清掃員さんの話が今でも忘れられない。当時羽田空港は2年連続で“世界一清潔な空港”に選ばれていて、それを陰で支えていたのが清掃のプロ、新津春子さんだった。

春子さんは中国生まれ。お父様は日本人残留孤児、お母様は中国人。その境遇からイジメに遭い、家族も差別に苦しみ生活は苦しかった。日本へ来てからも差別はなくならず、春子さんは生活を支えるためにアルバイトを探したが、日本語もままならない女子学生を使ってくれる仕事はなかなか見つからなかった。そんな中唯一就けた仕事が清掃員だったのだ。清掃の仕事は言葉を喋らなくても出来る。春子さんは言う。

中国でも清掃員は底辺の仕事。それでも働かせてもらえたことに感謝しかない

私たちも、ショッピングモールや病院などで清掃員の人と出会うことがある。そんな時、その人たちのことをどう見ているか。いや、特に意識もしないで通り過ぎているかもしれない。時にはトイレを使いたいのに邪魔だな、って思ってしまっていたかも知れない。この番組を見るまでは、清掃員とはそういう職業だった。

27歳の時“全国ビルクリーニング技能競技会”で一位になった。その前年にも一度挑戦したが、自信があったにもかかわらず一位になれなかった。その時、指導してくれていた上司が言った言葉で春子さんの意識が変わった。

「ありがとうという気持ちが見えないね」ただ単に綺麗に掃除をすること、その作業にだけ集中していたが、掃除道具に対して、あるいは空港のお客様に対する“優しさ”が足りなかったと気付いた。例えば空港では、小さい子どもが床に寝転んだりすることもある。子どもの目線で清掃を考えたら今までとは違う箇所が気になる。以前は清掃中に、行き交うお客様とぶつかりそうになりお客様のほうが避けてくれたりしていた。視野を広くしてお客様の邪魔にならないように気配りしながら床にモップをかける。手洗い場の見えない裏側まで磨きあげる。床ひとつ掃除するにも、綺麗になることプラス床を傷つけない道具や洗剤を考える。それらを作った人への感謝も忘れない。

するとある時から、「いつもありがとう」とお客様からお礼を言われるようになった。相手を想う“優しさ”は伝わる。意識が変わったおかげで、大会で一位になれた。大会で一位になると、中国の企業から、うちに来ませんかと、今の何倍ものサラリーを提示されてオファーが来た。しかし春子さんは、自分を雇ってくれた日本の会社に残ることを選択した。「まだ恩返しが終わっていないから」と。

その後春子さんは新たな挑戦を始めた。それはホームクリーニングだ。空港の清掃より何倍も難しい。何故なら、床一つとっても、その家その家で素材が違えば、汚れの種類も違う。春子さんはその汚れ一つ一つに合う掃除用具を自作し、洗剤の配合を考える。傷を付けずに綺麗に汚れを落とせるようにと。

たかが掃除、でも深い。綺麗にするだけではない、そこには相手を想う気持ちが詰まっている。清掃員が底辺の仕事なんてもう言わせない。あの人たちは、皆プロなのだ。カッコ良い。

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