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強さと剛さ〜『女人入眼』読書感想文


ドラマを観ていたら、体が弱くてすぐに熱を出す娘に、母親が娘の気持ちを確認せずに「こういうもんだ」と決めつけて、やりたいことをやらせてあげないという場面があった。その母親は自ら「これをしちゃダメ」と言わず、うまいこと誘導して子どもから「やめとく」という言葉を引き出していた。私もわりと心配性の母親だったので、子どものやりたいことを私のものさしに合うものへと上手にすり替えたりして、進む道を決めちゃってたようなとこあったかもなーって思いながら、でももううちの子たちはとっくに成人しちゃっているので今さら反省したところでどうなるものでもない。案外こういう母親は多いのかもな、そういえば他にもこういう母親を知ってる。

『女人入眼』/永井 紗耶子

「大仏は眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ」

建久六年(1195年)。京の六条殿に仕える女房・周子は、宮中掌握の一手として、源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内させるという命を受けて鎌倉へ入る。気鬱の病を抱え、繊細な心を持つ大姫と、大きな野望を抱き、それゆえ娘への強い圧力となる政子。二人のことを探る周子が辿り着いた、母子の間に横たわる悲しき過去とは――。
「鎌倉幕府最大の失策」と呼ばれる謎多き事件・大姫入内。

その背後には、政治の実権をめぐる女たちの戦いと、わかり合えない母と娘の物語があった。
GoogleBooksより

その母親とは、北条政子である。今私は、NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を毎週楽しみにしている。好きだったあの人やあの人、あの人までもが義時にやられてしまって観ているこっちの心まで荒みそうだ。史実だから仕方ない。とはいえ、木曽義高が亡くなる回は史実だから仕方ないと諦めきれないやるせ無さがあった。当時まだ幼かった大姫のために義高の命を助けて欲しいと願った政子の思いはすんでのところで叶わず、頼朝の命で義高を討った御家人は今度は政子の命によって処罰されてしまった。手柄を立てて浮かれていた御家人にしてみればまさに天と地がひっくり返ったはず、お気の毒だ。大姫の入内を描く回では、義高を何年も思い続け気鬱になった大姫が、心だけでなく体までも衰弱していき最後には若くして亡くなった。義高の出来事こそ政子と大姫の軋轢の始まりだった。しかし政子のほうはそうは思ってはいまい。ただただ娘のことを心配し、娘が傷つかないよう、少しでも悲しみから離れられるようにと娘をどんどん孤独にしていくことに気付かない。自分は常に正しい、そう思っている。

御台所が過たぬのは、過ちを認めぬから

ドラマを観ていると、北条政子という女性が世間のイメージよりとても優しく描かれている気がしていた。演じる小池栄子さんのおかげか。今や義時が絶対悪で、政子をそれを諌め周囲とのバランスがとれる頼りになるお方、そんな風に見える。すると先日の対談番組の中で脚本の三谷幸喜さんが、今回の大河ドラマでは北条政子は悪女ではないというスタンスで書いているとおっしゃっていて、やはりそうだったかと納得したのだ。


この小説の北条政子は、まさに悪女そのもの。鎌倉では頼朝と政子、2人の顔色を伺わなければいけないと言われるほどに、政子は自分の思った通りに生きる女性だった。義高の一件のように、頼朝の命に従ったとしても政子が異を唱えれば討たれることになる。政子と大姫の軋轢だけではなく、鎌倉全体の歪みとなった。
母親としての政子は大姫のことを見くびっていた。大姫は気鬱だからあれはダメ、これもダメ。大姫のことは私が一番よく分かっているから。私が言うようにしていれば幸せになれるはずだから。そうやって自分のものさしを押し付けてきた。一方の大姫は、意外にも母親のそういう“想い”に気付いていた。その上で、母親が安心するような娘でいようと、自分の気持ちは抑えてでも母親が喜んでくれることをしようと、健気にもそう思ってきた。そうすることで大姫自身は自分のやりたいことを見失う。やりたいことがない人生はつまらない。何事にも興味が持てず、いや興味を持ったとしても母親から反対されればおしまい、ならば最初から何もしないほうが良い。そんなふうに思った。だから自然と心だけでなく体も塞ぐ。


武士の頂点に上った父を持つ若く美しい姫。楽しいことはいくらでもあったろう。それを全部諦めた。都からの使者・周子と触れ合い、初めて自分からやりたいことを口にした。出家。父は賛成した。だが母親が結局邪魔をし、姫は生きることを諦めたように短い生涯を終える。周りにいた大勢の人たち、その中の一人でも大姫と政子の間に立つことを恐れぬ人がいたならば、大姫の人生はもう少し楽なものになったのだろうか。頼朝さえ、政子に逆らってまで自分の意見を通そうとはしていなかった。安泰のためにはそうすることが最善であると誰もが思っていた。まったく政子ったら、どんだけ強いんだ?

自由でいるためには強さが必要だ。誰からの干渉も受けずにやりたいようにやる。批判されても自分は間違っていないと信じられる剛い心。強さと剛さ。その代償は孤独だったのかも知れない。


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