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花とメダカ


斜め向かいのお宅のご夫婦は、朝晩お2人でお庭のお世話をする仲良しご夫婦だ。お庭といってもお庭というほどのスペースはなく、家が四つ角の角っこなのでお家の前からお家の横面、道に沿ったスペースでいろんな植物を育てている。もうすぐさくらんぼが成る。さくらんぼが成ったら近所の子どもたちが寄って来る。我が家にもアイスクリームのカップ一杯分くらいのお裾分けがくる。それから、バラ。バラのアーチは道ゆく人たちの足を止める。お2人が丹精こめてお世話をしているお花たちは近所の人たちだけでなく通りすがりの人の心のトゲを取ってくれる気がする。


さてある日の午後。
午前中に車で出かけていた私はここ数週間見て見ぬふりをしてきた自分の車の汚さがもはや恥ずかしいレベルに達していることを自覚しこれ以上気づかないふりは出来ないと、帰宅してすぐに洗車を始めた。ちょうど向かいの旦那さんが家から出てきて、
「お、やってるね。うちの車もそっちに持ってって一緒に洗ってもらおうか」
「いやいや、うちのに比べたら全然キレイですよ。うちなんて年末から洗ってないですから黒い汚れ水が道を渡ってそっちに流れてくと思うので先に謝っときます、すみません」
などと、車汚い自慢をぶちかましていると奥から奥様の声がした。

「みとんさーん、メダカ飼わない?メ・ダ・カ」
「へ?メダカですか?」

すると旦那さんも
「そう、メダカ」
「へ?メダカ?」
「そう、メダカ」
「メダカかぁ」
「そう、メダカ」
と、なんだかわけのわからないメダカの応酬をしていると奥様が姿を現して、

「見においで、いっぱいいるのよ」と言う。

洗車の手を止め、「なんで、メダカ?」と聞くと、「お義兄さんがね、いっぱい持って来てくれるのよ」と言う。
「へぇーそうなんですか」
「結構可愛いよ、変わった種類もいるみたい」

いきなりメダカを飼えと言われても、と私はちょっぴり尻込みしていたが、ふと、そういえばお孫ちゃんがお魚が好きで水族館が好きで、家で金魚でも飼うかという話が出ていたことを思い出した。金魚の代わりというわけにはいかないまでも、とりあえずメダカで様子見も良いのではないか?お孫ちゃんが興味を持たなければ、というよりもパパとママが飼う気にならなければ、うちで飼っても邪魔になるほどでもないか。案外良い機会かも〜私の頭の中でパチンと音がした。
洗車をそっちのけで向かいのお宅にお邪魔した。種類ごとに分けられたメダカが容器の中で沢山泳いでいた。

「もうちょっとしたら〇〇ちゃん(うちの義姉)がメダカをごっそり取りに来るから、その前に沢山持ってお帰り」
「え?お義姉さん?」
「そうよ、〇〇ちゃんもいつもメダカを取りに来てるのよ」

そういえば義姉宅の玄関先にメダカが泳いでいる鉢が置いてある。特に興味もなく素通りしていたが、そうか、あのメダカたちはここのお宅からいただいていたのか。私は俄然貰う気マンマンになった。


「ほら、この赤いのも可愛いよ。こっちのは背中が光るのよ」
まるで熱帯魚みたいではないか。私の知らない世界が意外と近くにあった。

私は勧められるままにお借りした容器に15、6匹のメダカを貰って帰った。家に持ち帰り別の容器に移し替えようと物入れを物色していたら、何年も前にカスピ海ヨーグルトを作るのにハマっていた時のガラス瓶を見つけた。ちょうど良さげな大きさだったのでそれに移し替えて、借りた容器を返しに行った。

「あ、そうそう、エサもあげるわ」とティッシュに包んで持たせてくれる。
「1日に耳かき一杯分くらいで良いから(今日包んでくれた分で)1年分くらいあるはずよ」全く、至れり尽せりである。


私はさっそく長女にLINEした。
『〇〇さんがメダカをくれました。△(お孫ちゃん)が喜ぶかなあと思ったのでもらってみました。よかったら連れて帰ってください』


実は、長女は嫌がるかもなと思っていた。いくら小さくても生き物を飼うのは大変だ。面倒なこともある。お孫ちゃんが触りたがるのを宥めるのも大変そうだし。

『今どうなってんの?』
『ガラス瓶に入ってる』
『水草入れないと息が出来ないね』
『うん』
『ビオトープにする?』
と、意外にも乗り気な返事が来た。そして次の日には、さっそく飼育用の鉢と水草を買いに行き、メダカを引き取りに来た。

夕方様子を見に行くと、オシャレな感じに仕上がっていた。お孫ちゃんは興味がありそうな無さそうな、よくわかっていない様子だったが長女は喜んでくれたようだ。私はホッとした。

次の日の朝、いつものようにお花のお世話をしているお2人に会ったので、メダカが長女宅で喜ばれたこと、鉢を直ぐに買いに行ってなんだかオシャレにおさまっていたことを報告して、あらためてお礼を言った。お2人とも「あら、それは良かった」と喜んでくださった。そしてまたその次の日、朝仕事に行こうと家を出たところで呼び止められた。


「これ、産卵××、もう少ししたら水の中に入れてね。」
とビニール袋を渡された。××のとこは何て言ったのかよく分からなかったけど、とにかく産卵に関係する物だとは分かった。夕方帰宅してネットで調べたら“産卵床”、メダカが卵を産みつけるための物だとわかった。全くもう、至れり尽せりである。


そんなわけで、お孫ちゃん宅にビオトープが出来た。といってもまだ、鉢に水草が浮いてるだけのものだけど。それがあるっていうだけで、何となく私の心まで癒される気がしている。


お花といい、メダカといい、全くあのご夫婦は人の心のトゲを取ったり傷を癒したり。だからご近所さんが集まってくるんだなって思った。我が家にはシマトネリコさんしか無いけど、シマトネリコさんのこともよく見てくれていて、大きくなったね、とか葉っぱが風にそよいでるのは気持ち良いねって言ってくれる。何にも褒めるとこなんて無いのに褒めるとこを見つけて褒めてくれる。

そういう人に私もならなきゃって思う。人が喜ぶことを喜べる人になりたいって思う。


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