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なぜ本を「2冊セット」で贈ると気持ちが伝わりやすいのか。

■1冊だと、受けとめかたは相手次第

講演などでもときどきお話しするのですが、ぼくは、だれかに本をプレゼントするときに、1冊だけを贈るのではなく、2冊セットにすることをおすすめしています。なぜなら、そのほうがずっと思いが伝わりやすくなるからです。

だれかに本を贈りたいと思ったときには、たいてい、

「その本を通じて○○○を相手に感じてほしい」

という思いがあります。つまりは、その本に込めたい相手へのメッセージがある。
ただ、その1冊を相手に贈っても、そのメッセージがそのまま伝わるとはかぎりません。

たとえば、失敗をおそれるあまり、なかなかいろんなことに挑戦できずにいる友だちに「冒険心」を思いだしてもらおうと、マーク・トウェインの『トム・ソーヤの冒険』を贈るとします。

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贈ったほうは、『トム・ソーヤの冒険』=「冒険心」のつもり。
けれど、贈られたほうがそう受けとめてくれるとはかぎりません。

カバーにえがかれた少年の絵を見て「子ども時代」を思い浮かべるかもしれないし、トムの親友のハックルベリー・フィンとのことを思い出して「友情」をイメージするかもしれない。あるいは「アメリカという国」のことを考えるかもしれない。いろんなとらえかたができるわけで、どう解釈するかは相手次第です。

(もちろん「冒険心が大切だよ」とメモに書き添える手はありますが、それも押しつけがましいし……)。

でも、2冊セットで贈れば、メッセージはもっとはっきりします。

たとえば、『トム・ソーヤの冒険』に加えて、同じくマーク・トウェインの『マーク・トウェイン短編集』を2冊のセットとして贈るとする。すると、それを受けとった人の多くは「マーク・トウェインをすすめられている」と感じるはずです。

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では、『トム・ソーヤの冒険』と、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』のセットならどうでしょうか? きっとほとんどが「アメリカ文学をすすめてくれたんだ」と思うでしょう(作品の時代は、ちょっとズレていますが……)。

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同じ要領で、『トム・ソーヤの冒険』と、登山家・植村直己さんの『エベレストを越えて』をセットにして贈ってみる。そうすれば、受けとった人の多くが「冒険心」を意識する……。

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こんなふうに、プレゼントする本を1冊ではなく、2冊セットにしてみる。それだけでメッセージはずっと明確になり、相手に伝わりやすくなります。

■2冊になると「コンテクスト=共通性」が生まれる

でもなぜ、2冊にするだけでメッセージが伝わりやすくなるのでしょうか。
ここには「編集」の力が活かされています。

本が1冊から2冊になることで生まれるもの──それは「コンテクスト」です。すなわち「共通性」。

それまで別々に存在していた2つのモノをならべて関係づける。それにより、受けとった人は「どこが同じか」を意識します。そして、その「同じところ」を手がかりに、「ちがい=それぞれのモノの価値や意味」を読み取ります(いずれも言語化して意識されるわけではなく、直観的であることがほとんどです)。

※このあたりの詳しい考えかたはつぎの記事をご参照ください。

先ほどの『トム・ソーヤの冒険』と『エベレストを越えて』であれば、2冊のセットを目の前にしたときに、まず意識されるのは、両方に共通する「冒険」や「冒険心」です。そのうえで、それを手がかりに、

『トム・ソーヤの冒険』 = 冒険をえがいた物語
『エベレストを越えて』 = 実際に冒険をした話

などと解釈して、それぞれの本を受けとめる。そういうプロセスのなかで「冒険心が大切」というメッセージが伝わるわけです。

(ちなみに、2冊のあいだに生まれた「コンテクスト=共通性」は、受けとったときのそれぞれの本に対する印象・意味を方向づけるだけではなく、その後、本を読んだときの内容の受けとめかたにも影響を与えます)。

「教養として知っておきたい「編集」の基本①:そもそも編集ってなに?」に詳しく書きましたが、編集とは「組み合わせのなかで価値や意味を引き出す」営みです。この「2冊セットの本のプレゼント」は、まさにその編集の力を活かしたメッセージの伝えかた。

思いをこめて本を贈るときには、ぜひ2冊セットで。

ポイントは、2冊の本を組み合わせるなかで、どういう「コンテクスト=共通性」をつくるか、です。



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