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母と私と私たちの介護記録。vol.1

はじめまして。
日常のことはnoteで書いていましたが、
そろそろnoteにも慣れてきたので、私が本当にやりたかったこと「母について」書いて行こうと思います。

・母(おかん)とはどんな奴なのか

しょっぱなから、奴呼ばわりですが、
私は今でも母のことは下に見ている内弁慶(姉談)なので、これからも、母というより「おかん」と呼び、
その生き恥を晒していこうと思います。

・学生時代

1月1日の元旦生まれ、呉服屋の一人娘として生まれたおかん。名前は陽子にしときます。
(祖母は2度、流産したと聞いています)
一人っ子のため、世間知らずで、どこか抜けていた。

けれども祖母の厳しい躾により、
悪いことは絶対にしない、怒る時は怒る、
正しいことは正しいと発言する。
そんな母は、K高校に入学したいがために、中学を越境入学までして、K高校に入学しました。
(後にわかることですが、K高校での成績はあまり良いとは言えないものでした。)

そして、どうしても国公立の大学に入ろうと、
2年浪人して、某教育大学に入学。
そこで、卒業後も、子供ができてからも付き合う友人3人と出会います。
(この方々とは私も子供の頃に一緒に旅行に行ったりと大変お世話になりました。)

この大学生活で、母の一人っ子性格が爆発。
常に友人に頼りっきりで、自分でシラバスを組めなかったと聞きました。恥ずかしい限りです。

また、何か行列ができてると、友人に「何の行列?」と聞いたら「奨学金の申し込みやんか!あんたも並び!」と言われ、、、
本当に、友人さん達にはお世話になりました。
(ちなみに、現在はわかりませんが、当時の奨学金は教師になって、何年か働くと、返済がいらなくなる。という画期的なものだったそうです。)

・おとんと出会って、姉と私が生まれる

そんな大学生活を経て、見事、小学校教師になったおかん。
しばらく働いていると、友人達も結婚、出産していき、あせりを感じはじめたのか、祖父母がお見合いに出しました。
娘の私としては、恋愛結婚が良かったのですが…
まあ、良いでしょう、おかげで私が生まれたのですから。

しかし、私が物心つくころには、おとんとの仲は悪く「何で結婚したん?」と聞いたら
「当時、ストーカーに遭っていて、何とかしたかったのと、単純に子供が欲しかったからかな。」
……。おとん。ほんとにおかんで良かったのか?

まあ、無事、結婚し、姉を出産して、次いで私も出産しました。
おかん曰く「私が一人っ子やったから、絶対に子供は2人以上欲しかった」とのこと。

しかし、私が生まれた時、父は40歳目前だったので、2人でおさまったのだとか。
私も、妹か弟が欲しいと思った時期もありましたが、結果的にみると、姉と2人で良かったな。
と思っています。

・まとめ

長くなりましたので、ここで、今回は終えておきます。
結論から言いますと、おかん、母は
平成26年7月10日に亡くなりました。
難病のALSでした。

一時、海外でアイスバケツチャレンジで有名になったものですね。私はあれに否定的でしたが、
その事についても、書ければと思います。

足が動かなくなり、真夏にスキーウェアを着て
それでも何の病気かわからずにいて、
ついにALSとわかり、要介護5の認定を受けて、
ヘルパーさんにほぼ24時間入ってもらい、
最期は眠るように、苦しまずに亡くなりました。
(当時、私は一人暮らしをしていたので、連絡をもらって急いで駆けつけても間に合わず、電車の中で亡くなった事を聞きました)

そして、その後の葬儀のこと、
相続のこと、
おかんは大変な者を残して逝きました。
おかんの両親です。

ということで、一人っ子の母にかわって、
私と姉が、祖父母の面倒をみて、
祖母は母の2年後、平成28年11月14日に
祖父はコロナが猛威を奮う前の
令和2年3月1日に亡くなりました。

そして、またまた祖父母の相続や、
空き家になった祖父母宅の遺品整理、売却。
私は、自分の両親は看取るつもりでいたが、
こんなにもたくさん看取るつもりはなかったぞと、
おかんに文句を言ってやりたいです。

なんたって死ぬ前に、おかんは
「おとんは葬式に来てほしくない」
と、言っていたので、それを遂行すべく、
私はまだ大学生だったのに、社会人1年目の姉と喪主をすることになったのですから。
(父には、やはり別れるための区切りだからと、一般参列してもらいました。)

そんな、介護も、成年後継人も、葬儀も、相続も経験した私の話が、誰かの役に……。
立つのかはわかりませんが、

今、介護で頑張っている家族の方、
病気と戦っている方、
大切な方を亡くされて悲しんでいる方の
何かになれば幸いです。

ちなみ母は難病でしたが、最期まで諦めず
「私はね、IPS細胞で生まれ変わるの!」
と、常に笑顔で、明るい人でした。
だから、法名(戒名)には「明」が入っています。

おかんよ、あなたの生き恥を晒していくけれど、
どうか、夢には出てこないで下さい。
これは、あなたの備忘録ならぬ美忘録です!たぶん

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