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初めてのラジオ出演

 来月に刊行予定の文芸誌に私のエッセイを載せていただく。それにあたって、近日中に作品や略歴、写真を出版社に送付しなければならない。
 写真とは著者の姿、つまり私の顔である。

 困った……。コンプレックスの塊である自分の顔を、不特定多数の人に晒すことが怖くなる。自意識過剰だろうか。

 職場や外出時はコロナ対策という口実で、マスクを必ず着用している。本当は顔を少しでも隠せるようにという理由で、必需品アイテムとなっているのだ。また、仕事で講義をする機会が多いが、そういった場においても、注目されると過度に緊張してしまい、声が震えてしまうことがある。

 何でこんなにも自分に自信を持てなくなってしまったのだろう。

 かつてはテレビやラジオ、ステージに出演して自己表現していたのに、いつの間にか人前で話をしたり、自分の顔を見られたりすることに対して臆病になってしまった。

 ラジオ出演と言えば、こんな思い出がある。

 初めてのラジオ出演は、スタジオではなく、電話を通してインタビューを受けるといったものだった。私の自作曲の前後にインタビューが行われる。
 当然ながら、本番前には打ち合わせがある。こんな質問する予定です、とかそういったものだ。私はその質問内容に応じた返答の台詞を、紙に書いてスタンバイしていた。

 本番が始まった。ラジオパーソナリティの方のインタビューに、いかにもリアルタイムで質問されたような素振りを演じながら答えていく。初めてで緊張しながらも順調にこなしていき、終わりに近づいてきた。

 ところが。

 最後にラジオパーソナリティの方が打ち合わせになかったことを質問してきた。

「この曲の、ここの歌詞の部分って、どういった気持ちで書かれたのでしょうか?」

 え……。そんな質問するなんて打ち合せになかったじゃんか! まさかの事態に、咄嗟に答えが出てこない。手元にあるメモ書きを見つめるも、そこに答えはなく、まったく意味をなさない。
 勿論、自分の想いを込めて作った曲なのだから、冷静な状態であれば、すぐに答えられる質問だったのだろう。でも、想定していなかったことが起きたという衝撃で、私は慌ててしまい、頭がパニック状態に陥った。

 しばらく言葉が出ないまま時間が過ぎる。放送事故になりそうなレベルである。急いで何か喋らないとまずいと思って、私は頭の中に浮かんだ言葉を口にした。

「えっと・・・・・・努力です」

 パーソナリティの方もまさか「努力」なんて返答があるとは思っていなかったようで(当然か)、少し間があった。

「あ・・・・・・努力ですか? それはどういう意味で・・・・・・?」

 もはや取り返しのつかない状況になってしまった。
 自分でも何を言っているのかよくわからない。

「人間、努力が大事です。努力してこの曲を作りました」

 もう無茶苦茶だ。聞かれた質問の答えになっていない。支離滅裂である。私はラジオに出てはいけない類の人間なのだ。

「はぁ・・・・・・。そうなのですね・・・・・・。努力の結晶である三鶴さんの曲、○○でした~」

 うまく(?)締めくくっていただいたが、もう絶望しかなかった。
 ラジオ出演を家族や友人たちに知らせてしまったことを深く後悔した。こんな醜態を晒すことになるなんて。
 しばらくデスクに突っ伏して、顔を上げることができなかった。
 今後、たとえ依頼があっても、口下手野郎がメディア出演するのは辞めた方がいい。
 すると、友人Hから電話がかかってきた。

「何だよ、あれ。いやあ、うける。緊張して聴いてたのに、まじ笑ったわ。何だよ『努力』って」

「聴いてくれてありがとな。でも、落ち込むよ、あれは。しばらく立ち直れそうにない」

「まあ、落ち着けよ。でもさ、お前らしくて俺は好きだったぜ。いいじゃん、ラジオだからってかっこつけなくて。個性がなくなっちゃうだろ。そのままの三鶴でいけよ。いずれ慣れるだろうし」

 心に形があるならば、下からふわっと押し上げられた感覚だった。本当に心強い言葉だった。彼のおかげで勇気が持つことができ、それからも機会があればメディア出演をこなした。

 テレビに出演した頃には、もうHは亡くなっていた。だが、彼ならこう言うだろうな、と想像した。

「おいおい、下手だな。いつものお前じゃないじゃんか。そのままでいけよって言っただろ」

 そうだ、写真もそのままの、ありのままの自分でいけよ。
 彼の言葉がいつまでも、私を鼓舞してくれていることに改めて気づいたのであった。


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