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太陽に照らされた教室で笑っている

 私は高校時代の記憶が薄い。
 楽しいことや辛いこともいっぱいあったはずなのだが、思い出せることが少ない。おそらく、私の人生の中で最も堕落した生活を送ってしまったからであろう。
 しかし同時に、私の人生で誇れることは、この高校生活がきっかけであったこともまた事実である。

 中学生までの私は典型的な優等生だった。三年間、学級委員を務め、「真面目」「正義感が強い」などとよく言われていた。しかし、私はそんな自分が好きではなかった。優等生を演じることに疲弊していた私は、不良の生徒たちに厳しく注意の声を上げながらも、密かに憧憬の念を抱いていた。彼らが存分に自己主張しているように見えて羨ましかったのである。
 そして中学卒業を機に、次なる自分へと脱皮する決意をした。眉毛を細く剃って、髪を明るく染める。耳にも三箇所ピアスの穴を開けた。これまでの自己と徹底的に決別するのだ。

 高校の入学式の日、髪をツンツンに尖らせて、胸ボタンを開けた学ランに派手に改造した鞄を抱えて登校した。上履きを履かずにスニーカーで校舎を闊歩する。
 授業は眠る時間と決め込んだ。高校生活や大学進学は自分の夢とは全く関係がないと感じ、学校に通う意味を見出すことができないのだ。他人との交流にも消極的で、完全にクラスで浮いた存在になっていた。
 誰も近寄ってこないし、私からも近寄らない。でも、それでいい。生活に音楽さえあればいいのだから。
 校則違反を繰り返し、教師から幾度も呼び出された。だがその度に、反骨的な態度こそがロックだとか訳の分からない美学を持って、ひとり悦に浸った。

 休み時間は席から離れず、誰とも話をしない。周囲の声がうるさいほど耳に入ってくるが、彼らは何がおもしろいのだろうと考えていた。
 騒音の中、母が丁寧に作ってくれた弁当をひとりで黙々と食べる。この弁当の中身は私と母しか見ることがないのだ。いつも色彩が豊かすぎるように感じて、隠すように食べる癖がついていた。
 
 高校生活とは何て退屈で怠いのだろう。ため息ばかりが出る。自分を含め、誰のことも好きになれない。

 Hとの交流が始まったのは、そんな憂鬱を抱えながら、三年生になったときのことである。
 Hは校内で一番喧嘩が強いことで知られていた。柔道部で身体の大きい熊のような体型をしている。とにかく落ち着きがない。
 ある日の授業、間違った解答をしたクラスメイトに向かって、Hは「アルツハイマー」と呼んだ。
 私は即座に机を蹴り、Hに詰め寄った。祖母が重度のアルツハイマー型認知症であるため、激しい憤りを覚えたのだ。
 Hは顔色一つ変えずに「何で言っちゃ駄目なのか、説明してみろ」と言う。始めは喧嘩腰だったが、次第に激しい討論に発展し、授業は中断。クラスメイトたちが私とHを取り押さえるほどの騒ぎとなった。

「納得がいかない」
 Hは執念深かった。放課後は教室、閉門後は公園、と場所を変えながら結論が出るまで議論を交わした。話はアルツハイマー型認知症に限らず、障害を抱える人の生活や人生にまで発展した。
 夜が更ける頃、Hは「負けを認める」と言った。私は「これは勝ち負けの問題ではない」と言ったが、彼はこれまで自分が誰かに反論され屈したことはなかったらしく、人生で初の敗北なのだと悔しがっていた。
 その後も、この討論をきっかけに「社会になぜ競争は必要か」「本当の自由とは何か」「人間の不可能と限界の違いは何か」等、思春期特有の疑問や葛藤について、二人で様々な議論を交わすようになり、友好を深めていった。
 私が高校生活で初めてできた、唯一の友人だった。

 三年生の二月、登校する学生は殆どいない。私は音楽の講師に歌の教則本を返却するために登校した。
 眠っているように静かな校舎。何となく二階の教室を巡ってみることにした。どの教室にも生徒の姿はない。机の天板は陽光を受けて白く光っている。がらがらっと椅子を引いて自分の席に座ってみる。今まで感じていた教室を覆う重量感がない。「空虚」という言葉の響きがこんなにも合う場面はそうそうないだろう。思わず頭を垂れた。
 不思議とあの騒がしい声が恋しい。不協和音な楽章のようだ。私は休符か十六部音符か。楽譜の一部だった。眠ってばかりいた、早くいなくなりたかったこの場所に、私の居場所は確かにあったのだ。
 席から立ちあがり、窓の外の中庭を見下ろす。春一番が吹いており、草木を激しく揺らしている。胸にぽっかり開いた穴に風が入り込んで、奥底にあった感情を押し上げてきた。窓に額を当てながら疼く胸元を擦る。なぜ今まで気づかなかったのだろう。私はここにいたかったのだ。やり直したい。やり直したい。しかし、どんなに願っても時は戻らない。もうすぐ私はフリーターになり、上京するのである。

 その日の夜、Hにこの思いをメールで送った。しばらく返信はなかった。が、夜中に携帯電話のメール着信音が鳴った。

「わかるよ、その気持ち。やり直したいと思わない奴なんているだろうか。いないだろうな、すべてに満足し納得した高校生活を送るなんて、できるはずがないのだから。でも、その後悔は成長の証なんだ。いろんな後悔を積み重ねて、俺らは知恵や優しさを学ぶ。人生の哀しみや楽しさも知る。だから今があり、自立した大人になっていく。俺たちが思う『いい大人』って、後悔を受け入れながらも妥協しない、子どもの心を持った大人なんじゃないかな。想像してみてくれ。振り返れば、いつも太陽に照らされた教室がある。そこには幸せそうに笑うお前がいる。俺もいる。みんながいる。ひとりじゃない。これからも、ずっとだ。高校生活をお守りにして、今を懸命に生きていこうぜ」

 彼がいたから高校生の愚かで惨めな自分を受け入れることができた。いつでも私を信じてくれたから、夢に向かって駆け抜けることができた。挫折したことも、その時間が財産と思える。
 私の人生で誇れることの一つは、親友と呼べる存在に出会えたことである。
 毎日を仕事や家事、育児に追われて過ごしている今、Hに話したいこと、相談したいことが山ほどある。しかしもう現世で会うことはできない。だから迷ったときや苦しいときは、あのメールをよく思い返すのだ。
 そのとき彼は、太陽に照らされた教室で笑っている。


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