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日本を出よ

20年近く前の話である。テレビには、カンボジア・アンコールワットの映像が映し出されていた。

「行ってみるか」

父の一言から始まったカンボジア旅行。自分の人生にどれだけの影響を与えるかなんて、考えもしなかった。ただ未知の国への好奇心があっただけだ。

カンボジアという国は陳腐な表現になるが「うつくしい国」だった。遺跡も、文化も、そして、人間も。出会いと別れの交錯する国、カンボジア。

何年かたったら、またカンボジアへ行こう。あの日の約束を果たすために。そのときのぼくは、カンボジアの人たちに負けないくらい、笑顔だろうか

日本を離れる

出国審査のおじさんは、すごく面倒くさそうにパスポートを見た。オレは仕事だっていうのにこのガキは・・・。とでも思っていたのだろうか。

ヒゲ、メガネ、そして髪の無くなった知人のおじさんは、パスポートの顔と違いすぎると出国を拒否されたらしい。


13:00 出発(カンボジア航空チャーター便)快晴

古い機体。席は非常口の脇、左翼のすぐそば。いつも浮かぶ疑念、どうしてこの金属の塊が浮くのか。

高揚感、高鳴る鼓動。言い方は違えど、ぼくの心にあるのは、異国への、期待と不安。

スタートラインにつけ。充実するエンジン音。町が記号となり、自分が陸ではなく、空の存在となったことを教えられる。

眼下に広がる景色は、陸、海の者には決して見ることができない。これを見ることが許されたのは、空の者のみ。

房総半島をぬけ、東京湾上空へ。船の描く幾何学模様。川は巨大な蛇に姿を変え、その存在を誇示する。はるか下に雲海が広がる。

13:35 富士山上空通過

高度10,200メートルから、標高3,776メートルを見下ろす。真上から見る富士山は美しくない。剥き出しの巨大な火口。

人間の力は自然の前では無力なんだろうな。どんなものでも、見る角度や見方によっては、美しくも、醜くもなる。

雲間から時折見える町の顔。太陽の光を反射し、こちらに信号を送ってくる。ぼくは、その信号に応える術を知らない。

14:00 奈良の上空を飛行中

飛行機に乗っていて感じること。人間の偉大さと、その存在の小ささ。奈良→大阪を2分で移動。人間の発明した飛行機ってのはすごい。

雲の下の生活に思いを馳せる。そこにいる人たちはどんなことを思い、どんな生活を送っているのだろうか?

いつもは下から見上げている空を、今日は上から。表情豊かな空に比べ、海は意外とのっぺりしている。ダイナミックな変化ではなく、微小な変化。

人間はそのどちらにも、美しさを見出すことができる。人間だけが、美しさを見出すことができる。

14:07 近畿半島をつきぬけ、淡路島、四国上空へ

人間の進歩、経験、成長の速度は、ときとして、爆発的だ。今日のぼくは、カンボジアという未知の国へ向け、爆発的に勢力圏を拡大している。

つきぬけろ。スチュワーデスさんがインリンに似ている。そう「インリン・オブ・ジョイトイ」だ。

高度10,700メートルキープ 四国上空

飛行中において、飛行機そのものが発する力は、前に進む力のみ。揚力のみで高度をキープ。翼の角度の生み出す、微妙な芸術。

空と海の境が、太陽の光に溶け出していく。「あいまい」その美しさ、その機微。

14:30 九州上空

以前お付き合いをしていた女の子は長崎生まれ。ある種の懐かしさ、甘酸っぱさを、抱いたとか、抱かなかったとか。

もう一人のスチュワーデスは中学の同級生に似ていた。そこについてはノーコメントだ。

14:40 さらば日本

機内食。安っぽい機内食。「ポーク?チキン?」「ポーク!」チキンだけどポーク。なんだかんだで完食。

どこでも生きていける。さらばといったのに、まだ日本の領海内だった。ご陽気な東南アジアの音楽が延々と流れている。少し昼寝をした。

16:20 台湾上空を飛行中

ピー、ガガガ。異常なし。ものすごいスピードで勢力圏が塗り替えられる。
3,500フィート、10,700mキープ。

飛行機の発明は世界を小さくした。冒険ではなく、旅行。遭遇ではなく、出会い。他人ではなく、友人。

他の国へ行くということは、時間を超えるということ。日本とカンボジアの時差、2時間。2時間、戻れ!

16:35 台北上空

雲の下には、異なる言語を操り、異なる生活をしている人々がいる。そうと思うと、とても不思議な気持ちになる。

その一方で、たった数時間でつながることができると思うと親近感さえおぼえる。

左に台湾の山並み。この国にはこの国の人の生活がある。ぼくにはぼくの人生がある。自分の信じた道を行け。

17:00 さらば台湾

まだ見ぬ土地を思い、新たな出会いに胸を膨らませる。しょっぱいホットサンド。美しい水平線。今この世界を占めているのは、青と白。

18:15 未知の国へ思いを馳せる

下には細かい雲。眼下の国では「いわし雲」のことをなんと呼ぶのだろう。同じ想いを共有できるのだろうか?

18:50 まもなくシェムリアップ国際空港

時計を2時間戻す。現地時間は17:00。あと40分程度で到着。緊張しているだけか、それとも・・・。

太陽を追い続けた空の旅。座って、寝て、ご飯を食べて、気づけばそこは未知の国。時間の感覚はどこかへ行ってしまった。

神秘の国、カンボジアへようこそ。

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