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「これ、ばあちゃんの形見のダイヤの指輪。今から売りに行きます」 〜『伏見稲荷と一期一会』〜

僕は毎朝、伏見稲荷大社までランニングをしている。そして千本鳥居の階段を通り、山を登る。

いや、本当を言うと、10月半ばまで毎朝続けてたけど、その後しばらくサボって今日から再開したところです。ちょい盛りしてゴメンナサイ。

それに、毎朝は嘘でした。土日は違うとこ走ります。観光客多過ぎて。
雨の日もやってません。だって、嫌だもん。

久し振りだし、今日は山頂まではやめて四ツ辻までを目標とした。四ツ辻までいって、田中様(荒神峰)を参拝して帰ろう。

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そう思っていたが、いざ田中様の前まで来るとふと左の小径に入りたくなった。

そうだ、あの展望台へ行こう。
展望台へ行って、御幸奉拝所に一礼して帰ろう。

伏見稲荷大社の四ツ辻は見晴らしがよく、街が一望できる。
だから、四ツ辻まで登り、そこで景色を見ながら休憩して山を下る人が多い。

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でも実は、四ツ辻からすぐ近くにもっと見晴らしの良い展望台がある。
知っている人は少なく、観光客はほとんど来ない。京都の街並みを独り占めできるのだ。

田中様へと登る階段の途中、左へ続く小さな小径の先にある。舗装もされていないし、そこからも分岐があるので展望台で人に会うことは滅多にない。

今日は、その展望台に行くことにした。

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展望台へと続く階段を登ると、珍しく人がいた。
同い年くらいの男性かな。何やら、色鮮やかなボクサーパンツが見えてる。

「たっしょん」しているようだ。

ちょっと面白くなって、声をかけてみた。

「ここ誰も来ないですもんね笑 ここで人に会ったの初めてです」

彼は、ちょっと気恥ずかしげに、でも笑顔で答えてくれた。

「そうですよね、誰も来ないと思ったのですが......笑」

そして、彼は続ける。

「僕、高校生の頃ラグビー部だったんですよ。部活でよく山登りしてたんですが、隠れてタバコ吸うのに、よくここ来てました」

さらに続ける。

「俺、就職して、子供が3人いるんですけど、嫁と子供に逃げられちゃいまして。それで、京都に帰ってきたんです」

それから少し、互いの身の上話をした。
僕も、順風満帆とは言えない人生を送ってきた。

大学を辞めて友人と事業をはじめて失敗し、その後バイトから流れで就職して、それを勢いで辞め、今フリーランスになっている。

「でも、フリーランスになれるからすごいっす。俺、高卒で就職して、何も身に付いてないですよ…」

荷物をまとめながら彼は話した。
そして、小さな箱を取り出して開き、こう続けた。

「これ、ばあちゃんの形見の、ダイヤの指輪。今から売りに行きます」

僕はこのとき、どんな表情をしていたんだろう。
なんて返すべきか、わからなかった。

「これを売っていいか聞きに、この場所に来ました。」

この言葉を聞いて、安心した。

きっと大丈夫。
お稲荷様と、ばあちゃんが見守ってくれるはず。

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「お互い、頑張りましょう」

声をかけたが、返事はなかった。
でも、田中様の方へ消えていく、彼の足取りは力強かった。

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終わりに

早朝から伏見稲荷大社を登っていると、たまに面白い出会いがあります。これまでも、少し風変わりな方と出会ったり、ちょっと面白いエピソードだったりがありました。

と言うことで、これから「伏見稲荷と一期一会」と題して、伏見稲荷大社にまつわるエピソードを不定期連載したいと思います。

今後も、素敵な出会いがあることを、楽しみにしています。

ー 2020.10.30. 充紀

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