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読書:『海神の子』川越宗一

書名:海神の子
著者:川越宗一
出版社:文藝春秋
発行日:2021/06
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163913872

 台湾の英雄、鄭成功。国姓爺とも呼ばれている。
 日本では一見馴染みのない人物のようにも思えるかもしれないが、「国姓爺合戦」のあの国姓爺と言えば聞き知っている人は多いだろう。少なくとも名前くらいは。

 この小説ではまずある日本人女性が登場する。大半この女性の物語とも言えるのだが。
 彼女はふとしたことで海賊に身を投じることとなって海賊たちと生活を始め、そして鬼神のような働きでしだいに成りあがっていき、大海賊、鄭芝龍をつくりあげていく。
 名前は、松。実在の人物だ。
 田川マツは鄭成功の母親とされている。
 ただし、この作品のなかにおける松はほとんど作者の創造であると思われる。そしてそれが面白い。史実を元によくこれだけの物語を組み上げたものだと。史実とフィクション(ファンタジー)の融合。傑作だろう、これは。ことに「鄭芝龍」のこの設定。

 タイトルは『海神の子』、海神は松のことであろうから、その子、つまり鄭成功が主役ということにあろうが、さきほども書いたようにこの作品の大半は松の物語となっている。
 先陣を切って敵陣に乗り込み、背の大剣を振り回す黒衣の姿は、まさに軍神のようだ。だが一方、彼女はひどく身勝手な人物とも言える。しかしその「正しくなさ」を彼女は自覚してもいて、無骨な態度や言葉の端にその気持がわずかに覗くこともある。
 家族をみずから捨てて生きるしかなかった松。
 家族、そして居場所のない人々のための居場所を確保するため奮闘し、失敗してすべてを失っていく鄭成功。
 影ながら兄を支援するも力及ばず、徳川家綱の前で涙を流して支援を懇願する弟、七左衛門。
 剛力をふるったヒーローでありながら、その人物像はひどくさみしく、もの悲しい。
 この作品には天涯孤独の人物が多く登場する。
 松とその子の育ての親、マツさんもそうだ。
 鄭成功が天涯孤独の女性をどんどん妻にし始めるのも、そうと思えば逆にさみしさが強く感じられる。

 ところで、登場はわずかでありながら徳川家綱も印象的だった。最後の「頭が高いな」と咎めるでもなく小首を傾げて苦笑混じりに言う場面など。家綱は実際に穏やかな人物であったようだ。

 作品の面白さは間違いないのだけど……ただ、人名などが読めずそこが少々しんどかったですね。登場する最初だけはルビをふられているのだけど、覚えていられるわけもなく。全部にルビをふってほしかった。


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