見出し画像

真夏の青と白 第2話 (全3話)

真夏の青と白
第1話
第2話
第3話 完結編

「5時までだろ、ここのバイト、その後時間空けといてくれ」

実際には5時過ぎも片付けなんかがあるが、ショーケイは5時上がりの契約だった。

「はい、喜んで」

自然に言葉が出ていた。雄二さんは動きを一瞬止めてショーケイの顔を見ていたが、それ以上は何も言わずテーブルに戻って行った。

雄二さんがいるとがぜん調子が出てきた。

「ショーケイ」

レストランの一番奥の席で雄二さんが手を挙げた。

ショーケイはビーチから5分くらい歩いたところにあるホテルのラウンジに呼び出されていた。

ラウンジの中は高級感で溢れている。ホテルの顔なんだろう。静寂という音があるなら、今流れているのは高級な静寂のような気がする。静かに流れるジャズも静寂の味方のようだ。ラウンジには10組くらいの人しかいないが、大声で話をしている人はいない、申し合わせたようにひそひそと話している。

「これ1本入れて、それからこの辺りの盛り合わせを適当に」

雄二がウエイトレスを呼びシャンパンのボトルとつまみをオーダーした。

「どうだ?バイトは。面白いか?」

前のめりに聞いてくる。

「はい、めちゃくちゃ楽しいです」

「それは良かった、そう言ってくれると俺も安心する」

雄二がソファに体を沈めた。

「シャンパンでございます。このままお注ぎしてよろしいでしょうか」

「お願いします」

黒服のウェイターが静かにシャンパンを注いだ。黄金色の液体の中で無数の泡がはじけた。

「ショーケイ、乾杯だ。内定が出たぞ」

「マジすか。イエイ」

金子リゾートの入社試験の結果が出たのだった。

「おいぬか喜びするな」

「はい、わかってますけど」

「勉強の方は順調なのか」

「はい、たぶん一発合格は行けると思います」

ショーケイは弁護士資格を取るための勉強をしている。

「雄二さん、雄二さんはなぜこの会社に入ったんですか?」

「話すと長いぞ」

「いいっすよ」

雄二はショーケイの顔を見て鼻で笑った。

「お前も知ってると思うけど、俺が高2の時に父親が経営していた不動産会社が倒産した。俺は父親を尊敬していたし、その会社を継ぐために法律や経営学なんかを勉強していたから、俺にとってもその出来事は青天の霹靂だよ」

「はい」

雄二の家が困窮したことはショーケイが中学の時に親から聞かされていた。

「父親の会社と父の名前で所有していた土地建物、全て競売にかけられて取られたよ。だから明日生きているかもわからないような状況だったよ。競売で所有したのが金子リゾートだった」

「金子リゾートが?」

「そう。金子リゾートって言えば暴力団の資金が入っているって有名だからな。俺も嫌だったよ。でも金子リゾートはその土地にマンションを建てて、最上階の一室を父親にくれたんだよ。家族で泣きながらお礼を言いにいったよ」

「そんなことがあったんですね」

「だから、俺はこの会社を選んだ。ただな金子リゾートは表向きの会社、知ってるだろ?今の金子社長の父親は山岡組の組長だった。その時に作った財産は全て金子リゾートが運営している。今でも山岡組と関係は少しばかりだが残ってる。だからそっちからの伝手で入社してくる奴らは暴走族出身とかが多いんだ」

雄二がシャンパンを一気に飲むと、黒服が来て注ぎ足した。

「はい、それは知ってます。海の家にもそっちのルートでバイトに来ているやついますから」

バイト仲間には同じ年齢くらいで刺青を入れている輩もいる。

「だから弁護士資格は重要なんだ。この会社には他にそういう資格を持ったやつは一人もいない。今も金子リゾートは色々なところで不動産を買いあさっている。あざとい手も使うことがあるよ。その時に吹き出てくる問題を収めるのが俺の仕事さ。でも、手に入れた土地は地域の人に色々な方法で提供しているから、それを知っている資産家は不動産の売却先に金子リゾートを指名してくるようにもなった」

「雄二さんは一生この会社にいるつもりですか?」

「わからない。今は使命を全うすることだけに注力してるよ。とにかく、お前は金子リゾートでやれることを自分なりに考えておくことだ」

「はい」

ホテルを出て海岸線を歩く。昼間とは違う風が顔をなぜていく。空を見上げると無数の星が輝いていた。雄二と同じ会社の社員になれた。星が笑いながら自分を見ている。星の祝福にショーケイの胸の中は歓喜で埋め尽くされていた。

「ショーちゃん、また来たよ」

「いらっしゃいませ、あれ?」

「今日はね弟と一緒、ミユキたちは今買い物に行ってる。あとで合流するけどね。この子はコウタ、こちらショーケイさん、ご挨拶しといて」

「こんちは」

コウタが恥ずかしそうに挨拶をする。ショーケイと同じ年くらいに見える。筋肉隆々でユウカに似てかわいい顔をしていた。きっとモテるだろうなと思った。

「ショーちゃん、生2つね、それと高級枝豆。コウタ、何か食べるんなら注文しな」

促されてコウタがテーブルのメニューを眺めている。今日もユウカは青と白のストライプの水着だ。セパレートではないが、白い肌にスタイルの良さがどうしても目につく。きっと他の男も気にしているだろうと思う。

「カレーと唐揚げのセットをお願いします」

コウタはきっと真面目なんだろうと思った。

「はい喜んで」

「喜んでだって、私には言ったことないのに」

そう言われて、ショーケイは照れた。確かにないかな。

「はい、よ・ろ・こ・ん・で」

ショーケイは照れ隠しにわざと顔をユウカに近付けながら言った。

「わ、やべ」

近付けた顔にユウカがキスをしようとしたのでショーケイは慌ててよけた。

「ま、かわいい」

ユウカがそう言って大声で笑った。

「ちょっとからかうのやめてください」

「なによ、からかってなんかないわよ、本気よ、できる?」

「いや、それはちょっと」

そんなの恥ずかしすぎるだろ、ユウカは恥ずかしくないのか。

「あははは」

ショーケイの様子を見てユウカがまた笑った。ユウカは塩焼きソバを頼んだ。

「コウタ一口食べる?この店の塩焼きソバは絶品よ」

ユウカがおやじみたいにコウタに進めた。コウタが一口、味見をした。

「うま」

大きく目を開けて美味しそうに笑う。ユウカとコウタはしばらく飲食を楽しんだ。

「しょーちゃん計算して」

「はい、毎度ありがとうございます。今日は早いんですね」

レジを打ちながらショーケイが会話を続ける。

「今日はこのあとミユキたちと合流してフェスに行くの、夜の部にね」

「へえ、いいなあ」

「いつか一緒に行こうね」

「は、い」

「また照れてる、かわいいねショーちゃんは」

そっとコウタを見ると、コウタもはにかんでいた。なんだこの兄弟は、というよりなんていう姉ちゃんだ、弟も大変だろうな、こんなあけっぴろげな姉ちゃんを持って。

「ショーケイきたで」

振り帰るととトモヤとタイシが笑いながら立っていた。どうやら会話を聞かれたようだ。

「あら、お友達?」

「はい同じ大学です」トモヤが笑いながら答えた。

「へえ、どこ?」

「東大です」

ユウカがつまらなさそうな顔をしてショーケイの顔を覗く

「うそ」

「ほんと」

思わずにやけてしまった。

「へえ、頭いいんだショーちゃん。やっぱり私の目は確かだわ。じゃあまたね、ショーちゃん」

ユウカは投げキスをして店を後にした。コウタが少し後ろをついて行った。

「ここがお前の就職先か」

トモヤが店の中を見回しながら聞いてきた。

「入社したらここじゃないよ」

「だろうな」

「ショーケイ、さっきの新しい彼女か?全く紹介もしないで独り占めかよ」

タイシが目を細める。

「彼女じゃないよ、今のところな」

「へえ頭いいんだショーちゃん」

トモヤがユウカの真似をして言うと、タイシが横で笑った。

「いいから空いてるところに座れよ」

「わかったよ、とりあえず生2つな、あとおすすめの食べ物持ってきて」

「はい、喜んで」

ショーケイはさっきユウカがほめていた塩焼きソバを出した。

「これはおごるよ、あと枝豆も」

「さすが、サンキュー。やっぱり持つべきものは友達だな」

一旦客が引いたところで、ショーケイはトモヤたちがいるテーブルに腰かけた。

「ショーケイ、トモヤの出発の日が決まったよ」

「そうか、いよいよだな、なんか寂しくなるな」

ショーケイがそう言うと、一気に空気が冷えた気がした。

「あははは、たまに帰ってくるよ」

「で?いつだ?」

細い声しか出てこない。

「8月20日、9月の第一週には学校に行かないといけないからさ、それでも遅いくらいだけど」

「何かほしいものないか?」

変な質問だな、ショーケイは思わず口にして自問した。子供を見送る親の気持ちってこんな感じなのかな。

「何もないよ。なに湿っぽくなってんだよ。留学するんだから笑顔で見送ってくれよ」

「そうだよ、ショーケイは感情の起伏が激しすぎるんだよ」

タイシが真顔でそう言った。

真夏の青と白 第3話へつづく

この記事が参加している募集

#夏の思い出

26,374件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?