![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/111451358/rectangle_large_type_2_3d695e1b1d2a472c1d68e5bf770b1b90.png?width=800)
真夏の青と白 第1話 (全3話)
ヒュルヒュルヒュルー、ドカーン
ヒュルヒュルヒュルー、ドカーン
「花火って名前よくつけたよな」
「そうだなあ、ほんとに空に咲く花みたいだ」
どこまでも続いているであろう真っ黒な背景に赤や金色、白の無数の火花が花の残像を残している。一瞬でも目を閉じると残像のそのまた残像が白い帯を引く。花火として存在している時間は一瞬だ。
ショーケイ、トモヤ、タイシは河川敷の土手の上に寝っころがって花火を見ていた。多摩川の花火大会には高校生の時から3人で来るようになった。今大学3年だから6年目だ。だが来年は3人で来れそうにない。
「アメリカにも花火ってあるのかなあ」
トモヤが寝転がったまま誰にともなく言葉を発した。今日のトモヤはどことなく寂しそうだ。
「あるんじゃね」とタイシ。
トモヤは秋からアメリカの大学に留学することが決まっていた。
「トモヤはいいなあ、向こうの大学卒業したらそのまま権威のある博士だろ、日本の大学卒だとなれないやつ。すでに人生勝ち組じゃん」
「何言ってんだよタイシ、俺たち東大生はすでに勝ち組じゃん、このまま、まじめにやってればいいだけよ、それにお前だって三友銀行の研究室に決まったんだろ就職」
「まあな、でもどこまで上がれるかわからないし、先行き不安だらけだよ。それよりトモヤ、年に一回くらいは帰って来いよ」
「ハハア、帰ってきまっせタイシさん」
「なんのギャグだよ、ハハハハハ」
「ショーケイはあの彼女とはわかれたの?俺がアメリカに行くまでにとうとう会わせてくれなかったな」
「え?アリスのこと?いつの話だよ。とっくに別れたよ」
「でさ、ショーケイはあのテキヤに就職するのか?」
「テキヤ言うな。立派な上場企業だぞ」
「雄二君、雄二君、ああ愛しの雄二君」
トモヤがそう言うと、3人同時に噴き出した。
「おいいいかげんにしろ、トモヤ、それ以上言うと見送りにいかないからな」
ショーケイが草をむしってトモヤに投げる。
「はははは、なにそれ」
タイシが上半身を起こしてペットボトルを手に取る。
「ショーケイは雄二さんに首ったけなんだよ」
「雄二さんて、二つ上の東大出身の先輩のか?ショーケイのバイト先の」
「そう、ショーケイは小学生の時からの知り合いらしい」
「ああ、かっこよかったぞ中学の時も、俺が中1で雄二君が中3、雄二君は勉強もできる上に中2のガキ大将を締め上げてたんだよ、かっこいいったらありゃしねえ」
「なんで雄二さんはやくざになんかなったんだよ」
「やくざじゃないよ、いいか、あの海の家も祭りの時の出店もやくざだけどやくざじゃない、全部、金子リゾートがやってるんだ。雄二君、いや雄二さんは入社したばかりで、弁護士資格を持ってるから、新人なのに法務部のリーダーになった」
「東大出身のやくざ、かっこいいねえ」
「だからやくざじゃないって」
ヒュルヒュルヒュルー、ドッカーン。3人の気持ちも知らず、あざ笑うかのように花火が空を彩っている。
3人でこの花火を見るのもこれが最後か、それぞれの胸の中に切なさが染み渡っていた。
灼熱の太陽、青い海、焼けた砂、熱を帯びた風、砂浜に寝っ転っているビキニの女性たち、どれもが夏だ。
海の家「涼や(すずや)」は若い女性や親子連れなどでごった返していた。7月も残りわずか、夏休みに入った学生や親子連れでいっぱいだ。特に土日となると夏休みとは関係のない社会人も休日だから1日中休む暇がない。
ショーケイは7月に入るなり、江の島の海岸にある、ここ涼やでバイトを始めていた。先輩の雄二君が出入りしている店だ。雄二君と一緒に仕事できるのが夢のようだと思っていた。雄二君のためなら何でもやる、そう決めた。
「いらっしゃいませ」
ショーケイが生ビールのジョッキを器用に両手に7杯持って、客席に運びながら声をかけた。またあの3人組だ。毎週土日に来ている女性たち。土日しか来ないところを見ると、学生ではない。
「きたよーショーちゃん」
青と白のストライプの水着を着た女性が声をかけてきた。この3人組の中では一番かわいいとショーケイは思っていた。名前はユウカだ、いつもいっしょにいる子がそう呼んでいたから覚えた。
「ショーちゃんだって」
赤い水着の女がユウカをからかっている。赤い水着の女性は確かミユキだ。
「あはははは」
もう1人の白いビキニの女が大声で笑った。この子はヒトミだ。
「ショーちゃん、とりあえず生3つね」
ユウカがショーケイに注文する。
「あと枝豆、サービスで」
赤い水着のミユキが冗談めかして声をかけてきた。
「はいよ、じゃあ一皿1,000円ね」
そう言ってショーケイが冷蔵庫のドアを開ける。
「ハイ高級枝豆でございます」
「ほら、ミユキが変なこと言うから高くなるじゃん」
そう言って3人は冗談を飛ばしている、いつも楽しそうだ。ちゃんと話したことはないがユウカたちはこのあたりの会社に勤めているOLのようだ。歳はショーケイの2,3歳くらい上だろうか。3人は会社は違うが昔からの知り合いっぽかった。たぶん幼馴染みだろう。7月になってからというもの毎週末、3人はこのビーチに入り浸っている。
サーフィンをしたり、ビーチバレーをしたり、ビーチで寝転んだりして楽しんでいる。昼食はショーケイがバイトしている海の家に来てくれるようになった。ひとしきり楽しんだ後は近くのホテルでマッサージを受けてるようだ。この前そんな話をしているのを聞いた。
ショーケイはちょっと年上のお姉さんに興味津々だった。
「生3つでございます」
ショーケイがテーブルに置くと、ユウカがそっとショーケイの手を握った。
「ショーちゃん、いつもありがとね」
反射的にショーケイが手を引く。それを見たミユキとヒトミが大声で笑った。
「ユウカったらショーちゃんにメロメロなんだから」
「ははははは」
3人が笑っているのを見てショーケイは悪い気はしなかった。
「いらっしゃいませ」
男性5人組が入ってきた。
「雄二さん」
「お、ショーケイ、頑張ってるな。生を5つ頼む、それからこの後時間あるか」
「はい?」
「5時までだろ、ここのバイト、その後時間空けといてくれ」
実際には5時過ぎも片付けなんかがあるが、ショーケイは5時上がりの契約だった。
「はい、喜んで」
自然に言葉が出ていた。雄二さんは動きを一瞬止めてショーケイの顔を見ていたが、それ以上は何も言わずテーブルに戻って行った。
雄二さんがいると思うとがぜん調子が出てきた。
真夏の青と白 第2話へつづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?