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同じ目的なのにすれ違い。そして戦争になること

こんにちは!
光秀マインド足立聖忠です!

前回の続き記事になるかわかりませんが、探求し続けるいわゆる一生懸命に物事を深くまで進めていく。頑張るという場面で最近感じたことを少し記事にしたいと思います。

世界的なことで言えばロシアの侵攻や、身近で言うと選挙です。

選挙への立候補者は「まちを良くしたい」「未来を良くしたい」そんな思いで誰かのためにより良くするために手上げ、多くの時間を使い選挙へ挑まれています。この思いが自分だけの為という人は一人もいないと思います。

漫画で「クニミツの政」というものがあります、選挙戦を描くストーリーです。政治事は祭りごとと描かれています。
一生懸命になる。誰かをかつぐ(神輿をかつぐ)ように熱気を帯びまちの未来をまち中が考えるまさにまち全体のお祭りのような期間です。

そんな前向きな事しかないのにピリピリします。そこに勝ち負けがあるからでしょう。
選挙戦という言葉もあります。イクサです。勝ち負けで大きな違いが生まれます。
このことで祭りなのか戦争なのか。紙一重の捉え方で大きく変わります。

祭りごとであれば、みんな楽しくて、盛り上がりたい人がどんどん集まっていくでしょう。
戦争であれば、敵がいて、その敵を潰すことが目的となり、そこに巻き込まれたくない人は逃げていくでしょう。

えらい違いです。人が集まるのか去っていくのか。投票率の低下にはこういった要因もあると思います。一部の熱を帯びた人が政治やまちづくりの発展ではなく票を取りに行きます。何もわからない人は政治に対して嫌悪感も出るでしょう。

地域に住まうということは道路も使いますし、水道電気のライフライン、子育てや働く場所。すべて政治が大小ありますが関わってきます。
無関心でも無関係ではいられない。

選挙は立候補者がいて、選対(選挙を戦うチーム)があり、その選対が知り合いに声をかけその広がりで勝つという流れがあります。その選対の広がりの網の目からもれた人は全く情報が入りません。選対から声がかかってもその候補者の情報しかわかりませんし、これで選択するための情報として正しいのかとも思います。

選挙時だけの情報取得というのも本来難しい話で、日頃の政治に興味関心を持っていれば誰がどんな行動を起こしていて、任期期間中にどんな成果をもたらしたか。本当の選択は4年間の任期の活動の成果としてあるべきですが、どうしても選挙期間中に情報も集中しがちです。

この昔からの流れも市民にとってもっと良い方法があるのか。これも一つのまちづくりだと思っています。いよいよ今日が投開票日の前日です。選挙活動としては最終日。
お祭りか。戦争か。
もちろん勝つ人がいて負ける人がいます。多数決の理論は、少数意見を見ないというもので、選挙でも負ける人は一人ですが、その人を応援してきた人も沢山いるので、その人たちにとっても悔しい思いはあるはずです。
そんな目線でも立候補者の戦い方を見守りたいと思います。

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