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【適応障害】「自分で決める」というのは「前に進む」ということ

こんにちは。miです。

この度、休職していた会社を退職することにしました。
次の転職先が決まったわけではないので
これから一時的に無職になりますが
それでも決断しました。

決断のきっかけ

きっかけは主治医の先生に
転職するか復職するか迷っていると話した時に

「迷っている中で決めた次の道は中途半端になる傾向があるのであまりおすすめしません。」

「転職するなら今の会社を退職してからにした方が踏ん切りがつくし、他の会社をもうみないって思えるなら復職しても大丈夫です」
と言われたことでした。

つまり

どちらにでも逃げれる状態は
どっちにしたらいいんだろうとか
こっちでいいのかなと迷ってしまうので
精神衛生上おすすめしないとのことです。

自分でも転職活動がうまくいかなかったら復職すればいいかとか
転職活動している時にも復職した方がいいのかなと悩んでしまっている時がありました。
それでよく自分の気持ちがわからなくなって泣いてました。

なので先生の話を聞いた時に
自分が苦しまないためにも
自分でも転職か復職、まずはどちらかにしようと
素直に思いました。

退職しようと思った理由

今の会社に復職しないで退職しようと思った理由は

・環境を変えたいと思ったから
・前職でのポジション(人事)で仕事がしたかったから

環境は自分では変えられないし
復職したら人事ではなく事務員要素が強くなるなと思った時に

まだ自分は若い
もう一回チャレンジしたいと
率直に思ったからです。
(体調面には気をつけながらですが)

退職を決意してからは早かったです。
会社に連絡して
PCなどの貸与物を返却して
今会社側の手続き待ちという感じです。

これから年金とか税金の手続きがあるので
それは自分ファイティングって感じ、、、

自分で意思決定した結果

何かを決断するということは
前進することと同義だと思います。

なのでまずは自分で決断したことによって
「自分で決めれて自分で連絡できて偉い、、、!」の感情が生まれ

「自分、前に進もうとしている、、、!すごいぞ、、、!」と
実感することができました。

そしてその実感が自信に繋がったように感じています。

自分で決めれたから大丈夫
自分で進めたから大丈夫

自分のお守りが増えた感じで
決断してよかったなと思っています。

会いたいと思ってくれる人がいる嬉しさ

会社にPCを返しに行った日ですが
前の部署でお世話になった直属の上司の退職日でした。

本当にお世話になった人だったので
直接お礼が言いたいと思って
会社に行くことを決めました。
(気持ちとしてはPC返却より上司への挨拶優先の気持ち)

心理的に会社には入れなかったので
裏口で会う感じでしたが

私を見つけた時の上司は
非常に嬉しそうでした。

その後少し話しましたが
「君はまだ若い。今後どうするかはまだわからないけど、ここに留まらずどこでも活躍できるよ」と言ってくれました。

さすがに泣いた。
嬉しくて泣いた。

上司よ、自分ももう退職するからと
転職推奨的な発言は言いたい放題だなとも思いましたが
「あぁやっぱりこの決断でよかったんだな」と思えました。

最後に交わした握手は
力強くて
私に力を分けてくれているんだなと感じました。

ありがとう、上司。

両親やパートナーから会いたいと思ってもらえることも嬉しいですが
もっと広い世界で見た時に

自分に会いたがってくれている人がいる
自分を気にかけてくれる人がいるという事実は
「自分って生きててよかったんだぁ」と思えることでした。

そんな嬉しいこともあり
また会社にお世話になりましたとも言えたので
会社に行く道中では会社の人に会わないか
びくびくしていたけど
帰りはびくびくせずに
堂々と歩けました。

この出来事もお守りにしたいので
書いておきます。


同期に恵まれたこと

夜遅くまで仕事は大変だったけど、みんなで愚痴を言いながら仕事したこと

休日出勤した時に先輩とちいかわ見ながら仕事したこと(ほんとはだめ)

大変だったけど頑張れたこと

今思うといい思い出も多かった。
適応障害になって会社のことを考えないようにしていたけど
やっといい思い出も自分のもとに帰ってきてくれて
泣けてくる。

お世話になりました。
(会社よ、もう体調不良者は出さないようにしてくれ)


本日も読んでいただきありがとうございます。

きっと今辛い思いをしている人も
絶対に元気になれるので
諦めないでください。

大丈夫です。絶対なれます。

また皆様と会えますように。

生きていたらいいこと絶対あるで。

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