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東京駅でメルヘン建築のエッセンスを探す!

いつも電車の乗降や乗り換えで経由駅として利用するだけの東京駅。
わざわざ駅から一旦外に出て建物を見ることはなかったし、そんな余裕もなかったのかもしれない。

今回は、茨城県内に現存するメルヘン建築家駒杵勤治の建物を巡った後だったので、駒杵の師匠である辰野金吾の設計した東京駅を改めて見てみようと思った。

八角形のドームの天井に取り付けられた8羽の鷲や8つの干支のレリーフ。
4つの干支(子卵午西)が足りない?
その後、辰野の故郷である佐賀県の「武雄温泉楼門」から、足りない4つの干支が見つかった。
辰野が仕掛けたミステリー。

銀色に輝く柱は復元した際の新デザイン
復元時の変更の記録「ADMMXⅡ」(2012年)の刻印

まずは、覆輪目地(ふくりんめじ)をチェック。
覆輪目地とは、断面が半円形の化粧目地。
専用の目地鏝(こて)を使用して、熟練した職人が施工した。

水戸商業のドーム屋根を思わせる

駒杵のメルヘン建築が完成したのは1904(明治37)年。辰野の東京駅が完成するのは10年後の1914(大正3)年である。

辰野に東京駅設計の依頼が来たのは1903(明治36)年であることを考えると、辰野の東京駅と駒杵のメルヘン建築は、ほぼ同時期に構想されていたことになる。

レンガ造りと木造の違いはあるにせよ、駒杵のメルヘン建築には、師匠である辰野から受け継がれたエッセンスが散りばめられていた。
そして、東京駅はレンガ造りで堅牢なイメージではあるものの、改めて見てみると辰野の創造性や遊び心があふれた、やはり"メルヘン建築"だと感じた。

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