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旅のイメージ

夜中1時、ここは函館。

電球色が味わい深い異国情緒溢れる街並みも眠りについたようで、昼間は幅が広い道路のど真ん中で存在感を見せる市電もやってくる気配はない。

そんな静寂が支配する街から逃げるようにタクシーに乗り込む。

浜言葉が混じる優しい雰囲気の運転手とそこそこに会話を交わす。

磯の香りと遠くにフェリーターミナルの明かりが見えた頃、YOASOBIの「海のまにまに」が脳内で再生される。

タクシーを降りた。

そこは海風が吹き荒び、奥には大きな図体の鉄塊がけたたましいほどのエンジン音を湛え、今にも目の前にいる大量のトラックたちを飲み込まんとばかりにその口をぽっかりと開けて待っている。

俺も今からこの巨大な鉄の鯨に飲み込まれる餌の一人だ。

1700円と引き換えに手に入れたきっぷを右手に握りしめ、鉄の鯨に呑まれに行く。

ハックヤードのような雰囲気漂う入り口を通り、急な階段を登りたどり着いたのは殺風景とも形容できる雑魚寝部屋だった。

広い部屋の隅で我が生まれ故郷のモシリへの別れを誤魔化すように持ち込んだサッポロクラシックを身体に流し込む。

鉄塊の唸り声が一際大きくなった。

それを合図に外へ出てみる。

眠った函館の街が少しずつ遠のいていく。

初夏とは思えないほどの冷たい風と体に染みるサッポロクラシックが心地いい。

街の灯りが小さくなり、無骨な夜行船は迷いなくその先の暗闇、荒波の津軽海峡に足を進めていく。

心細くなって明るく広い空間に戻ることにした。

気づけばあと一口しか残ってなかったサッポロクラシックを一滴残らず飲み干して大の字に寝転んだ。

硬いカーペット、下から突き上げるような轟音、一定のリズムで浮き沈みを繰り返す揺れ、煌々と光る白熱電球、なぜかここでは全てが癒しの要素たりうる。

これらのうちどれか一つでも欠けては成り立たない癒しの時間である。

身体が波に飲まれていく。微睡の中、海峡の波が俺の意識を攫っていった。

目が覚めた。ここはどこだ、いやここは海峡の上だ。

弱い電波で何とか開けたGoogleマップの現在地をスクショして外に出る。

眼前に広がるのは白みだした空と遠くに下北半島。

そこに海を支配した黒い悪魔の存在はもはや無い。

雲の切れ間から朝日が顔を出した。波は光り輝き、海豚が俺を飲み込んだ鉄の鯨と並走している。

舵を切る先には街の姿が遠くに見える。

三角の建物と吊り橋が、少しずつ大きくなっていく。

周りの人は誰と口を聞くでもなくいそいそと眠たそうな目を擦りながら下船の準備を始める。

船が止まった。

お供の鞄たった一つを背負い込み、急な階段を今度は下る。

鉄塊の口がゆっくり開いていく。

「ただいま」

その先には雲一つ無い青空の下、第二の故郷が待っていた。

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