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 ※(注)これは下書き保存れていた昔の闇日記。

 一人で家にいる時、やらなきゃいけない事が全然出来なかったり、それで憂鬱になったりする事がある。そういう状態にはなるべくなりたく無い。自分の大きな夢が掛かっていたりすると、出来ない事で更にネガティブな気持ちになって、結局、生産的な事は何も出来ないまま一日が終わる。



  何がいけないのだろう。


 自身の環境?
それとも自分自身の心持ちの問題?

 できるようなシステムを作ればいいのか?
一生懸命がむしゃらにやればいいのか?

 効率的な行動と、その時々の衝動的な行動とどちらがいいのだろう?


 まったく分からない。

 この一年、一人の時間が多かった。
周りに他人しか居ないとかでは無くて、正真正銘の“一人の時間”だった。

 それは一見、心地の良い空間に思える。初めは楽しく快適なようにも思えた。しかし時が経つにつれて、独りぼっちの家は、消極的になり、未来の不安ばかりを思い浮かべるようになり、今の状況に嫌悪した。
 そもそも一年浪人するのに、独りで勉強しようと決意したのが、間違いだったのかもしれない。
 自分自身を変えようとした事は、何度もある。もちろん上手く行った時もあったが、出来ない時のが圧倒的に多かった。システム的に環境を変えようとして、スケジュールを何回も組んだが、結果として上手くは行かなかった。

 そして、最後の試験日には、無気力で生気の欠けた自分がいた。
 試験が終わって、少し楽になったが、直ぐ元に戻りそうだ。


  -----ここまでが下書きで保存されていた。

 これを書いたのは試験が終わったあたりであるから、2月末くらいだと思う。当時、というより、ここ一年は全てが閉鎖的だった。そのストレスがドバーッと、試験の失敗という大義名分を得て溢れてきている。先日「2019年度」は「失敗の年」だったと、命名した。

 こうして僕の長い黒歴史が創られた。

 今はもうこの文章を静観出来るくらいになっているが、まだこの一年を思いだすとゾッとする。しばらくは忘れようと思う。


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 そのさらに一年後、2021年10月にこれを書き足している。

上の文ではもう静観できると言っていたが、その後すぐに元の状態に戻ったので、記事を上げるタイミングが無かった。

この文章を読むとさらに病んだからだ。


2019年と同じかそれ以上の苦しみを味わったと思う。

 白血病が終わった時、自分はもう苦しむ事はないと思っていた。もう痛みには慣れた。そう思ってたかを括っていた。そう思った事は後悔してないし、そう思い続けていたら、もっと楽で素晴らしい人生を暮らせていたと思う。


白血病なんか風邪と同じ。そう感じるほどの絶望だった。


 辛い事はまだ続いているけど、今は以前とは比べられないくらいの環境と余裕を手に入れた。自分のやりたいことが出来ている分、今の僕は最高に幸せであると、言っても良いかもしれない。

そう思ってから、今補足をしてこの記事を世界に送り出そうとしている。


支えてくれた人達が少しでもいたから。
半歩でも進めた瞬間があったから。
辛くても目的があったから。
辛さがあったから。
生きていけたんだと思う。


色々あった2、3年だったけど、いつのまにかここまで来ていた。

もし時間という概念が一方通行でないのなら、
2年前の自分に
「生きようとするな、進みたい方向に一歩づつ進め」
と送りたい。



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