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「売る」のではなく「買っていただく」

私は営業職として仕事をしてきたのちに管理職などを経て起業した。今振り返れば社会に出た22歳から10年ほど経過するまで本当の意味で理解できていなかったことだったと思うが、それに気づくと仕事のやり方が全く変わる。今は会社経営をしているがこの考えが根本となるビジネスモデルで現時点では成功している。おそらくビジネスで最も大切なものの見方だ。でも多くの人が日常に振り回されて忘れている。それが「売るのではなく買っていただく」ということだ。

会社に入って仕事をしていると自社の商品を「売る」ことを命じられる。営業職なら今月の目標があり、その数字を追う日々。営業ではない人たちでも多少なりとも「売る」という行為を前提に業務が割り振られているはずだ。自営業者や起業して間もない人ならなおさら早く売上が欲しいから売りたい。それは営業として、起業家としての経験上よくわかる感情だし普通。

今は経営者となったが私はもともと営業マン。技術系の大学を出たのに入社した会社で最初に配属されたのは営業。営業なんか絶対したくないと思っていたから少々ふてくされ辞めたろかなと思ったこともあった。しかしもともと負けず嫌いの性格もあり数字を追い始め、新人の時にはあるコンペで全国一位の営業成績をおさめた。今振り返ると若くして売れて、給料もたくさんもらえて、調子に乗っていたと思う。最初は楽しかった。しかし毎月毎月数字目標があり、年間目標も無事達成したと思ったら今度は「来期は今期の20%アップでいこう」などと上層部から指令が来る。

これは営業個人の時だけでなく、管理職になっても支店長になっても同じ。責任範囲が増えてずっとこれの繰り返し。売ることを使命として働くようになっている。まあ営業とは売ることが主な仕事だから当然と言えば当然だが年数がたつにつれて思うことが増えていった。

「これいつまで続くの?」「働いている限りずっと?」「今月やってもまた来月ゼロからのスタートか」「給料が増えてもある程度までいったら嬉しいのは最初だけやな」「部下の数字も作らないと会社に居づらくなるからなんとかしてやらないと」

こんなことを思い始めると気合と根性でなんとか成果を残してはいるものの「しんどい!」がどんどん大きくなる。こんな日常の中で私が勤めていた会社が民事再生法を提出し法的に倒産した経験もある。その会社は急成長して世間からも注目されたとても素晴らしい会社だった。

この時より前にずっと違和感があったがその時はその違和感が明確ではなかった。この後数年間起業するために力を蓄えようと頑張っている時気づいた。なぜあれほど急成長して評判の良かった会社が倒産したのか?それは「売る」ことをがんばっていたからではないのかという気づき。私の気づいた真実は当たり前のことだった。それは人は欲しいものなら並んででも買う。高くてもお金を貯めて買う。逆にいらないものはタダでもいらない。邪魔になるものならなおさらだ。自分を振り返ったら当たり前のことだ。熱意で営業に売り込まれても心動かされることはあっても買うかどうかを決めるのはこちらだし、時として鬱陶しくて嫌な気分にもなる。しかしその商品が非常に魅力的ならばそれに上乗せして熱意ある接客をしてくれたらますます欲しくなる。

だからお客様が欲しいと思う商品を創ることが何より重要な最優先事項で、営業力を鍛えて売る力を身につけることは優先順位の一番ではない。もっと言えば、本当にお客様が望む商品を創り、それをお客様が支払える価格設定で提供できれば、正しい告知をするだけで勝手に「売れる」。営業はいらない。まさに「買っていただく」だ。

売上は売った額ではなくてお客様に買っていただいた額の合計である。それはすなわちお客様に喜んでいただいた量、市場が価値を認めてくれた量を数値化しているもの。世の中にどれだけ役に立ったかの合計でもある。世の中の人が必要と思ってくれた商品やサービスは必ず売れる。逆にいらないと思ったものは誰も買ってくれない。だからそれをなんとかして売れと言うのは現場の営業には酷な話。経営者や経営幹部の怠慢と傲慢だと思う。

経営者は理念を語り社会にどんな価値を提供するかを真剣に考え、それをどうやって世の中に提供するかを明確化し実行するのが仕事だ。そしてその理念や価値を形にするのが商品開発担当の仕事。その商品によって世の中にどう役に立つかという経営者の思いを広く正しく世の中に伝達するのが広報やマーケティングの仕事である。さらにその商品を対面でお客様に正しく過不足なく伝達し、購入のサポートをするのが営業の仕事だ。

経営者も社員もそれぞれが自社の商品を買っていただくための役割を担っているのだ。だから売れないことを営業が悪いと言うのはおかしいことになる。全員のバランスと全員の力の総和によって買っていただけたり買っていただけなかったりするだけのことだからだ。

営業会議を開き目標未達の営業を吊るし上げる時間や、営業にどうしたら売れる、今月どうすると詰める時間は無駄。そんな時間を使う暇があれば、お客様がどんな商品を望んでいるのか、世の中のトレンドはどうなっているのか、いくらくらいだったら買えるのか、そういう情報を外部からとってきて内部で共有する。そしてそれを満たす商品を創るにはどうやったらいいのかを経営者も商品開発も技術も広報も営業もみんなで話し合ことが重要だ。そしてその市場が望むであろう商品を買いやすい価格で創れるようにすることが企業努力だ。製造工程の改善、仕入れ先開拓、宣伝手法、提案方法などのブラッシュアップをすることを仕事というのだと思う。

突き詰めればどんな職種であれ「お客様に喜んでいただけるにはどうすればいいか?」をそれぞれの持ち場で全力を尽くすだけだ。とても当たり前のことだが「売る」が先行するとこの当たり前が見失われ部署ごとのやるべきことが明確化されず、ひどい時にはいがみ合いになる。そもそもの発想が間違っているからだ。「買っていただく」にはどうするのか?これによって全員の目的が一致する。それぞれの強みと弱みをカバーしあうチームとなれる。

売れない商品を売ろうと頑張れば頑張るほど会社がすることは、広告をうつ、営業を雇う、店舗を作る、研修をする、という行動に出る。これらはすべて経費となり販売価格に転嫁される。そうすれば商品の価格を上げなければ会社が成り立たなくなるためさらに売りにくい商品を創り出すことになる。間違った方向に頑張れば頑張るほどに業績は伸びず、お客様にも喜んでもらえず、社員は疲弊するのだ。

正しい方向に頑張らないといけない。
その発想の原点が、「売る」のではなく「買っていただく」なのだと私は行き着いた。そして何より、みんなで力を合わせて創った商品がお客様から喜ばれ、笑顔で買っていただければ、きっとみんな仕事が楽しくなり、仕事に多くのやりがいを感じるビジネスマンが増えることになるはずだと思う。


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