見出し画像

オタクや古参にはなれなくても「好き」の資格はある

ヒットする前からこのバンド好きだった!
無名の頃に見かけたことあるー!
あの頃は隅っこで脇役ばっかりしてたのに!

人生で一度くらいはこういう謎のドヤ感、または謎の親心に出会うことがあるけれど、私はちょっとした虚しさも感じたことがある。

はるか数年前。

……!かっこいい!何この心を抉られるような歌詞と小気味良いリズムは…!と当時の私は高校生ながらに初めての衝撃を覚えた。

Wikipediaで基本情報を調べまくり、歌ネットで何と言ってるか分からない歌詞をこまかく見まくり、スペシャでMVをチェックしまくり、気づけばジャケ写をPCの壁紙にしていた。

ライブ情報を調べてみると、なんと余裕で自転車で行ける距離の小さなライブハウスでもうすぐライブがあるじゃないか…!

お金もないしほんの数日後のことだったので、チケットも入手できずとりあえず身ひとつで夜な夜な激チャし、ライブ会場へ。

いわゆる音漏れ参戦を試みて、人もいないし暗いし寒いしでライブ会場の裏のドアに寄りかかって音漏れを聞いていると、

出来心。

そっとドアノブを回してみると、なんと鍵が開いている!

ドアを開けた瞬間、ベース音は波となって私の皮膚を少し揺らす。

ドアからすぐにある薄っぺらいカーテンの向こう側はもうステージで、なんと演奏しているメンバーの後ろ姿が1メートル先くらいに見えたのだった。

もう大興奮。

「生で見れてしまった!え??!!てかこのセキュリティの甘さやばくない?!なにこれ!!ライブやばーい!!ぴゃーーー!!!↑↑」

一瞬のことではあったけれど、そんなスリリングな思い出や愛着も生まれ、毎日ウォークマンをおともに通学しメルカリでライブグッズを集めるかわいい日々を送っていた学生時代。



時は経ち、たぶん6年後くらい。
社会人になり、気づいたら彼らの最新情報を追うことはなくなっていた。

ジブリに疎くクレヨンしんちゃんで育ってきた私にはみんなが騒いでる『君の名は。』ももちろんまぶしくて関心が湧かなかった。

…なんか、、キラキラしちゃってさ!
あんなにドロドロしてたのに!

「こんなのラッドじゃないっ!!泣」

あの映画からさらに数年経ったけれど、未だに『前前前世』はフルで聞いたことがない。

MVはなんか猿人のストーリーみたいなのがおもしろかったから見たけれど。

昔の自分みたいに歌詞の最初から最後まで、ひらがななのか英語なのか、どこで韻を踏んで、どこで伏線回収してるかなんて、知り尽くそうとしていない。

嫌いになったわけではもちろんない。

前みたいに全部知りたい!コンプしたい!みたいなワクワクはなくなっただけで、
作品や彼らの素晴らしさ、貰った感動はしっかり心のどこかに残ってて消えてはいない。



私はオタクに憧れているところがある。
オタクにはなれない自分がいる。

私服や持ち物をアイドルの担当カラー一色(いっしょく)にして、何年もライブの遠征に行き続ける友達。

原作を全巻揃えてて劇場版も全部チェックしてて作者のインタビュー記事も全部追ってる友達。

端から端までは求めようとしない私だから、一途に追いかけられる熱量がうらやましい。

うらやましい、だけならまだしも、なんだか劣等感が。

私って中途半端?

例えば、好きな映画があっても、その監督作品を制覇できたことはない。
このアニメは昔から好きだけれど、ここからここまでの時代のものしか好きじゃない。
カフェは好きだけれど、毎週巡って開拓してるわけではない。

お稽古事は続けてきたけど、お金にできるようなすごい人にはなれない。
化学の授業は好きだったけれど、実生活では特に活かせてはいない。
美容は好きだけれど、インフルエンサーみたいに極めたいわけではない。

あれも見たい!
これも知りたい!
それも味わいたい!
と、一旦は頭で思うけれど、なんだか面倒くさくなって、

まぁいいや。

って思う私はやっぱり中途半端なのかなぁ。本当に好きなのかなぁ、

まぁいいや。



音楽や映像、絵画、文章、食べ物、なんでもいいけど、きっと作品をつくる人ってのはコンプリートされることを望んでいるわけじゃないし、私を!俺を!好きになってくれなんてもっと望んでいないはず。

あれだけ。これとそのあたり。いくつでもいいし、ひとつでもいいから心を込めてつくったものを気に入ってくれたらそれでいいはずなのではないかな。

そもそも、アーティストはもはや誰にも評価されなくても、作品を生み出す過程でも生き生きとしてるんじゃないかな。

もちろん苦悩もあるだろうけれど。

例えば音楽だったら、曲を好きでいてくれるだけで、そうでなくてもその音楽を聴いた時の気持ちが嬉しいものであってくれるだけで、その音楽のおかげであの人と出会えたとかそういうきっかけでもいい。

作品そのものの価値を感じてくれたら、とか。
作品を通じて何かをもたらすことができたら、とか。

誰かが生み出した作品を誰かが気に入ってくれることは、世界観を共有することっていうめっちゃエモいことに気づいたことがある。

つくった人と味わった人は会うことも話すこともしないまま触れ合うことができるのだ。
ほら、エモい。

そういえば、私が誰かに言われるでもなくお金が発生するわけでもないのに、こうしてちまちま文章を書き続けているのは、自分の中だけにしまっておいた気持ちをもしかしたら遠くの誰かと共有できることがあったらそれはそれは嬉しいことだなと思うから、だ。

私の頭のなかにいるもやもやとした実態のないものを、私の手で縁取っていくことでくっきりとさせ、ちゃんとこの目で見てみたいからというのもある。



全てを知らなくたって、オタクじゃなくたって、好きなものは好きだし、好き!って言っていいはずだ。

推しがどこにもいなくたって「好き」は心の中にいくつもあるんだ。

いわゆる古参の人と比べて自分に引け目を感じたりしなくていいはず。
だって好きは好きだもん!好きに優れてるとか劣ってるとかはないはず。

ところで、プロフィール欄とか初対面の人との会話での「好き」「趣味」「特技」って似てるようで全然違うし、別物のようでとても近いような気もする。

専門性が伴ってなくても「好き」でいいし、
生業としていることでも「趣味」と呼んでいいし、
なんの役に立ってなくても「特技」って言い張っていいはずだ。




(画像は、私がいちばん好きな映画『インスタント沼』にまつわるものです。
三木聡監督の映画は本当におもしろすぎるけど、全作品は見てません。
シオシオミロを分かってくれる人がいたらそれはそれはもう歓喜…!)



ゴールデンカムイ大好き!!と言い張るわりに3話くらいまでしか見てないまま数ヶ月が経っている私の記事はこちら。
実写が発表される前から好きなのでにわかじゃないもん…!


この記事が参加している募集

思い出の曲

私は私のここがすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?