見出し画像

阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

 2019年に惜しまれつつも連載を終了した(アニメ版は今も絶賛放送中ですが)『落第忍者乱太郎』、その現時点で唯一の小説版であります。あの物語とキャラクターをどのように小説に……? と思えば、これが想像以上にハードなストーリー。土井先生と六年生がほとんど主役状態の大活劇です。

 今日も今日とて挑戦状を叩きつけてきたタソガレドキ城の諸泉尊奈門を、文房具を使ってあしらっていた土井先生。しかし思わぬアクシデントから土井先生は崖から転落、それっきり消息を絶ってしまったではありませんか。部下の不始末を詫びに来た雑渡昆奈門を代理教師に据えて、その間、六年生たちが極秘理に先生の捜索をすることとなった忍術学園。
 一方、それと時をほぼ同じくして、ドクタケ城が周囲の城に対して不穏な動きを見せるようになります。どうやらその動きの背後には、ドクタケ忍者隊が最近迎えた軍師・天鬼なる人物の存在があるようなのですが……

 と、あらすじの時点で忍たま三人組が登場しない本作。その冒頭から描かれるのは、土井先生と尊奈門の忍者同士の術を尽くした戦いであり、続いて六年生六人の警戒厳重な城への潜入任務であり――と、忍者らしい(?)忍者たちの活躍であります。

 このうち、土井先生vs尊奈門の決闘は、忍具を駆使した(といっても土井先生はいつも通りチョークと出席簿が武器なのですが)忍者同士の迫力溢れる一対一の決闘が展開。一方、六年生組の方は、「いけいけどんどん!」な人がいるおかげで派手な展開もありますが、基本は入念な準備と下調べ、そして人間心理の裏を突いた行動によって任務を達成する、ある意味実に忍者らしい姿が描かれることになります。
 この辺り、忍者の「戦い」というものを、様々な側面から、丹念に描いているのに感心させられるところで、特に忍具などは、微塵をはじめかなりマイナーなものもきっちり登場する――のは漫画でもアニメでもそうなのですが、この辺りの武器は小説でも滅多に登場しないので――のが嬉しく、さすがに『乱太郎』の名を冠する作品として、押さえるべきところは押さえていると言うべきでしょう。

 その一方で、(忍術学園とは何かと縁があるとはいえ)よりによって作中屈指の魁偉な、いや怪異な風貌の(でも良い人)の昆奈門が忍術学園の教師になって、乱太郎たちをげんなりさせるという展開があったり、もちろん三人組や八方斎のコミカルかつベタなやりとりがあったり――と、こちらも十分「らしい」展開が用意されているのですが……

 しかし本作は、かなりの部分でシリアスなムードで展開していくことになります。そしてその象徴というべき存在が、本作のオリジナルキャラクターである、天鬼であります。
 白い忍び装束に白い頭巾と覆面、冷え冷えとした無感情な声と涼やかながら虚無的な視線――と、いかにもシリアスな描写で以て描かれる天鬼。彼は「武」はともかく「智」の方はナニだったドクタケ忍者隊の作戦を一変させ、昆奈門に危機感を抱かせるほどの軍略の冴えを見せる人物なのですから凄まじい。
 はたして謎に包まれたその正体は――まあ、大体の方は予想がつくと思うのですが、しかしそれだからこそ一層、物語のハードさが際立つのです。(特に天鬼を味方につけた今回の八方斎は、面白キャラの部分はあれ、明確に「邪悪」な行動を見せることに……)

 そんな物語の中で、三人組の存在感はどうしても薄れがちになってしまうのですが――それでもクライマックスにはきっちりとおいしいところを持っていってくれます。特に土井先生絡みのストーリーとくれば、当然ながらクローズアップされるのはきり丸。彼にとっては肉親ともいうべき先生を前に見せる、普段のドケチキャラの陰に隠れた情の厚さは、必見です。

 そのほかにも、忍術学園の重鎮としてこの非常事態に存在感を見せる山田先生(チラリと登場の利吉さんも実にいい)や、そしていつもながらに不気味だけどいい人で、しかし同時に一つの忍軍の頭領としての存在感を見せてくれる昆奈門など、キャラクター描写のらしさ・巧みさも楽しい本作。物語の内容的に、オールスターキャストとはいかなかっただけが残念ですが――これはまあ仕方ないところでしょう。
 残念ながら2013年に本作が刊行されて以来、小説版は後に続いていないのですが――しかしこういう作品であれば、ぜひまた読んでみたい、と思える一冊です。

 しかし本作、小説ではあるものの、どう見ても天鬼のキャラは声優の当て書き状態で、ぜひアニメでも観てみたい――と思っていたら、今年(2024年)にまさかの映画化。はたしてどのように映像化されるのか、これは期待するしかありません。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?