AKRU『龍行旅』 豊かであたたかい世界をゆく龍とひとりの旅

 日本にとっては近い位置にあり、歴史上も密接な関わりを持ちつつも、まだまだ知らないことも多い台湾。本作はその台湾で数々の賞を受賞している漫画家・AKRUが、過去の台湾を思わせる世界を舞台に描く、龍と人間の「兄弟」の旅路を描くファンタジー漫画です。

 各地をあてどもなく旅する辻芸人の兄弟・朔と満月。しかし実は朔は今や数少ない龍族、そして満月は人間の少年――赤子の頃に捨てられていた満月を拾って育てた朔は、満月を連れて龍の行方を探す旅を続けているのであります。
 二人の前に行く先々で現れるのは、人間だけでなく妖怪や神の数々。彼らの引き起こす事件や抱えた問題に、二人は次々と巻き込まれることになります。

 そんな基本設定で描かれる本作には、巻末に収録された、二人の出会いを描く「序」のほか、五つのエピソードが収録されています。

 龍の珠の伝説がある玉落大山に棲みついた妖怪に満月を攫われた朔が、山を取り返そうとする山賊たちと共に山頂を目指す「荒山伏珠記」
 怪火が相次ぐ街で成り立ての化猫に出会った二人が、地主の家に現れる妖怪を退治することになる「火の里」
 怪事が相次ぐ山の神を鎮めるよう依頼を受けた朔が、山鬼に憑かれたという緑の髪の祭司の子供と出会う「山鬼」
 山賊に祖母を殺された少女と出会った満月が、妖怪が出るという山を二人で越える「薬行者」
 風狐たちが争うという山に入った二人が、山の守護神と暮らすはぐれものの風狐と知り合う「落頭風」

 街が舞台となるエピソードもありますが、基本的には山と森を中心とした豊かな自然の中で展開する本作。その物語はモノクロで描かれているにもかかわらず、豊かな色彩を感じさせてくれます。
(その中に埋没しない、端正なキャラクターたちの漫画的に巧みな姿も印象的です)

 そしてその中で、人と妖怪や精霊・神々が共存し、互いの存在を当然のものとして(もちろんそれぞれに線引きはあるにせよ)暮らしている様は、どこか微笑ましさと温かさを感じさせます。
 思えば朔と満月自身が、龍と人間という種族の壁を超えて「兄弟」として仲睦まじく旅する者たち。そんな二人の在り方は、この様々な存在が暮らす豊饒な世界の象徴なのかもしれません。

 ちなみに物語の舞台となるのは、過去の台湾と明示されたわけではなく、それを連想させるどこか、というファンタジー世界ではあるのですが――やはり山と森が主体の世界となると(これは他所の国の人間の勝手なイメージで本当に恐縮なのですが)台湾を連想してしまうところではあります。

 何はともあれ、龍とひとりの旅はまだ続きます。この豊かで温かい世界に再び出会える日が、そう遠くないことを祈っています。


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