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マスター~回想録~vol.4

MIAT FLAG MAGAZINE vol.3.〈別冊〉 2020.10.21より

暗がり、
私にとって初めての体験であった。

ボールが6っつも入った、大きなバッグを肩から下げて、
汗だくの制服で、先輩たちと同期の数名でその店に入った。

広島の繁華街、流川通りの路地裏にある、喫茶店

「ここのがうまいんよ」
先輩の一人が、得意げに言う

田舎高校の我々は、繁華街に来ることなど、ほとんどない。
その日は練習試合のあと、
チンチン電車で広島駅からやってきたのだ。

先輩は、ちょっと知ったかぶりをしたかったのだろう。

喫茶店というところに初めて入る私は、
その暗がりの中にある、
大人だけが入れるといわれている空間に
音が聞こえるほどの心臓の鼓動とともに
足を踏み入れた。

マスターが猛烈な勢いでプライパンをふるっている
マスターの奥様が、コーヒーを静かに淹れている

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞー。」

市内の高校生だろう、同じくらいの年の、
きっとアルバイトの女の子が
声をかけてくれた、

たったそれだけのことに、汗だくの我々はもじもじしている。

何せ、練習試合30連敗中、
何をやっても勝てない、
何かがおかしい状態だったのだ。

とにかく、自分たちは場違いにダサかった。
パッとしないとはこのことで、
勝てる雰囲気、所謂、覇気がなかった。

田舎の男子高校生、当然眉毛もいじっていない。
われわれ、バレー部の眉毛はオーガニックで放任主義だ。

つい先日は、サッカー部の同級生が職員室で、
「親からもらった眉毛が気に入らんのか?」
と叱られていた。
そんな時代だった。

ともあれ、
席に着いた我々は、
大盛の焼きめしとブレンドコーヒーを頼んだ

そんな組み合わせは、生まれて初めてだった。

とにかく、うまかった。
「煙草をふかしているサラリーマンの横で、
俺は、焼き飯と、コーヒーをいただいている。。」

向かいの席で、その先輩が、
目を閉じて「う~ん、いい香りだ」とか言っている。

ひとしきり酔いしれた後、
お会計をした。
アルバイトの女子高生だ。
だが今度は、ドギマギしなかった。

みんな、得体のしれない自信を手に入れ、
その店を後にした。

学生スポーツは不思議なもので、
その後、我々は、バレーボール強豪校がひしめく広島で、
卒業するころには、まあまあ、そこそこ、
見てはいられるチームになっていた。

懐かしい思い出だ。
あぁ、またあのコーヒーが飲みたい。

店の名前は喫茶「再会」

また、あの味に会いたい。
また、あの思い出に会いたい。
また、あの人に会いたい。

マスターは、いい名前を付けたと思う。

人それぞれ、大切な思い出があるはずだ。
そして、そこには、忘れられない空間、香りがあったはずだ。

どの想い出、一つとしても欠けてしまえば、
今の自分はない。

「これまでのこと、これからのこと」

反芻しながら、みな、今を生きている。


MITA FLAG 飯田 将嗣

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