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フカク、フカク。

ぴんっ、ときた文章のコレクション。

ぶつかった衝撃に揺れる花が、ふいに吐息のような声をもらした。
フ。
カ。
ク。
フカク、フカク。フカクフカクフカク。フカク、フカク、フカク。フカクフカク、フカク。フカク。
 花が左右に首を振るたび、フカクフカクと声がこぼれる。

彩瀬まる「やがて海へと届く」

「神様って、いないんですね」
呼びかけに、女はゆっくりと顔を向けた。白く密生した花弁の奥から、濡れた目がこちらを見ている気がする。
・・・(略)
「…あなた、幸せだったのよ」
え、と思わず聞き返す。女は柔らかい声で続けた。
「だって、それまでは、なにかに守られているかもしれないって思っていたんでしょう?なにもかもに見放されて、たった一人で世界と向き合わなきゃいけないような、そんな寂しい瞬間を味わわずにいられたんでしょう?神様の代わりに、あなたを守っていた人がいたのよ。…ああ、あんまり覚えていないけど、私もそうだった気がする。私は、守っていた、とても楽しかった。そうね、少しだけ思い出せた」

彩瀬まる「やがて海へと届く」

震災を忘れない、悲劇を忘れない、風化させない。忘れないって、何を忘れなければいいんだろう。たくさんの人が死んだこと?地震や津波ってこわいねってこと?電力会社や当時の政権の対応にまずい部分があったねってこと?いつまで忘れなければいいの?悲惨だったってことを忘れなければ、私や誰かにとっていいことがあるの?

彩瀬まる「やがて海へと届く」

どうして死んだ人間には反射的にやさしいふりをしたくなり、生きている人間のことは苛烈に糾弾したくなるのだろう

彩瀬まる「やがて海へと届く」


著者の彩瀬まるさんは、一人旅をよくする方で、その最中に東日本大震災にあわれた経験から、この本を書かれた。
震災にあった主人公の、親友の死に対する捉え方の変化を繊細に表現している。
なんといっても、異世界へスリップしたような比喩が美しい。

一度、別の記事でも、引用したことがある。


フカク、フカク。フカクフカクフカク。
フカク、フカク、フカク。フカクフカク、フカク。フカク。

つい、つぶやきたくなる、そんな本。

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